アニエスを訪ねる人の群れは、数日たっても続いていた。
 手の空いている兵士たちが城門の外にテントを建て、アニエスを手伝って人々を整列させたり、お気持ちで支払われる代金を受け取ったりしている。
 
 ベルナールは、少し離れたところからその様子を見ていた。
 近くに行こうとすると、兵士たちが邪魔をするからだ。

 ベルナールがアニエスを泣かせたという噂は、気づいた時には城中に広まっていた。

「女の子に向かって、汚いとか臭いとか言ったらしい」
「最低だ」
「閣下はデリカシーがなさすぎる」
「嬢ちゃんが可哀そうだ」

 城のどこを歩いていても、部下たちの目が冷たい。
 ベルナールは針の筵に座らされている気分だった。

(俺だって、反省してるんだ……)

 あまりに明るく元気な聖女だったから、つい部下に対するような気安さで思ったことをそのまま言ってしまった。
 しかし、どんなに強くたくましくても、アニエスは女の子だ。十八になったばかりの、花も恥じらう乙女なのだ。
 言っていいことと悪いことがあった。

(まいった……)

 アニエス本人からは何も言われていないが、それは、もうその話題に触れたくないくらい傷ついたからだと、ソフィは言う。
 
 どうしたら許してもらえるだろう。

 ベルナールが一人の女性のことをこんなに真剣に考えるのは初めてだった。
 
 自慢ではないが、ベルナールはかなり女性にモテてきた。
 ベルナールが口説いてなびかない女性はいなかった。

 だが、その高い鼻も部下たちの陰口でポッキリと綺麗に折れる。

「あんなんだから、閣下はいまだに独り身なんだ」
「あれだけ顔がよくて結婚できないってのは、つまりそういうとこだよな」
 
 がーん。
 頭の中で鐘を撞く音がする。

 そうなのか……。
 そうだったのか……。

 演習場の隅の花壇の前にしゃがみ込み、背中を丸めているベルナールを優しく慰める者は誰もいなかった。

 アニエスの施術で身体の調子がよくなったフォール辺境軍の士気は上がりまくり、国境での小競り合いで圧倒的優位に立つようになった。ルンドバリの襲撃そのものが間遠になっている。
 へんに暇なのもよくなかった。

(俺は、いつからこんなにヘタレになったのだ……)

 フォールにその人ありと謳われ、自信と力に溢れ、勇猛果敢を絵にかいたようだと言われた男はどこへ行ってしまったのだ。

(このままでは、いかん)

 とにかくアニエスの気を引いて、可能ならば謝らせてもらい、許しを請わねば。

 ベルナールは馬で城下に出かけ、顔見知りの女に頼んで髪飾りを選んでもらった。
 兵士たちの目を盗んでアニエスに近づき、それを渡そうと試みる。

「アニエス」
「あ。閣下、ごきげんよう」

 髪飾りを差し出すと、アニエスは不思議そうな顔をした。
 贈り物だと言うと「なんでですか?」と聞いてくる。