肩を落としてうつむいたアニエスに、ベルナールがいいことを言うふうに言った。

「だが、わかるやつには、ちゃんとわかる。おまえの力はすごい。だから、大勢の人間がはるばるフォールまで追いかけてきた。それがわからないなら、王太子がバカなんだ」

 せっかくの言葉もアニエスの顔を上げさせることはなかった。

 ずっと、心のどこかに押しやって気づかないふりをしてきたことが、急に大きな存在となって目の前に立ちはだかる。

(私……、そんなにブスなのかな……)

 アニエスはドレスを買ったことがない。

 ――綺麗なドレスを着ていても、心が貧しくてはいけないよ。

 泉の神様の言葉を胸に抱き、心が乱れるたびに、修行が足りないと首をブンブン振ってきた。
 でも、アニエスだって……。

 父や母に会いたいと泣いたこともあった。
 欲しかったオモチャ一つ、買ってもらったことがない。
 だから、最初から諦めていた。

 けれど……。
 アニエスだって、本当は綺麗なドレスが着てみたかった。 

 修行の日々や、ここまでの旅路を思い出して、なんだか無性に切なくなった。
 しょんぼりとうつむいていると、ベルナールが鼻をひくひくさせた。

「おまえ、汗臭くないか」

 兵士たちと同じ匂いだなとベルナールは笑った。
 自分は構わないが、おまえ自身は気にならないのかと笑顔で聞いてくる。

 花も恥じらう十八の乙女が気にならないはずがない。
 鋼鉄の心が、ポキリと折れた。

 アニエスは顔を真っ赤にしてポロポロと涙をこぼし始めた。
 修行の日々で枯れはてたと思っていた涙が、堰を切ったように流れ出す。

 ベルナールは驚いて飛び上がった。

「ど、どうしたんだ」
「だ……、だんでぼ……、あでぃばぜん……」
「なんでもないわけないだろう。おい、泣くな。理由を……」

 ズビーッと豪快に鼻水をすすり上げるアニエスに、「俺か……」とベルナールが唸る。
 アニエスの頭に大きな手が置かれた。

「泣かないでくれ。俺が、悪かった」

 かがみこんで、顔の高さを合わせてから、ベルナールは謝った。

「俺は、デリカシーがないんだ」

 困ったように続け、途方に暮れた顔で、ドアの外に立っている兵士に「ソフィを呼んでくれ」と言った。
 
 泣いているアニエスを見たソフィは事のあらましを聞き、ベルナールをしこたま叱りつけてから「私がお世話をします」とアニエスを部屋から連れ出した。
 そして、アニエスの身体を洗い、自分のドレスからアニエスに着られそうなものを選んで着せてくれた。

 アニエスは今、それなりに綺麗な格好をしている。

 髪の色も瞳の色も平凡な栗色。ウエストにくびれはないし、胸のあたりも大変ささやかなものだ。
 でも、兵士たちはみんなアニエスを見ると言ってくれる。

「嬢ちゃん、けっこう可愛かったんだな」

 照れくさいけど、嬉しい。
 泉の神様はなんて言うだろうと思ったが、ソフィは「女の子なら当たり前よ」と言って、アニエスにたくさんのドレスを譲ってくれた。