アニエスに与えられたのは城の本館にある聖女のための部屋だった。
 バシュラール王国の城には、このような部屋がよくある。王宮から下がって各地で働く聖女のうち、それなりに力のある者が城に迎えられることは珍しくなかった。
 辺境を守るフォールの城では、昔から聖女の役割が大きかったらしく、部屋は立派で、侍女までつけてもらえた。

 兵舎は男所帯だが、家族がいる者は、城の敷地内に建つ家に住んでいた。
 彼らの妻子が暮らしているため、城内にまったく女がいないわけではなかった。

 ベルナールには姉がいて、ソフィと言う名のその人が、アニエスの相談相手になってくれた。
 詳しい事情は聞かなかったが、ソフィは以前、外国の身分の高い人に嫁ぎ、その国の王が斃れ国を奪われたため、トレスプーシュ家に戻ってきたらしい。
 国が崩壊すると貴族は身分を失い、人によっては命も失ったという。ソフィの夫だった人も、ソフィだけを逃がして亡くなったということだった。

 そんな苦労があったにもかかわらず、ソフィはいつも穏やかに微笑んでいた。
 二十八歳のベルナールより年上なはずだが、ベルナールと違って優しく可愛らしい感じの人で、アニエスもすっかり懐いて、気安くさせてもらっている。

 採用を言い渡された翌日、ベルナールの執務室に行くと「おまえほどの聖女がなぜこんなところにいる」と聞かれた。
 かいつまんで事情を話すと、ベルナールは顔をしかめた。

「インチキと言うより、見た目で負けたんじゃないか」
「見た目……」
「そのネリーと言う女は、美しいだろう」

 言われてみれば、ネリーは美人だ。セリーヌ王妃にも負けない金髪碧眼のボンキュッボンである。

「でも、そんなことで……」

 泉の神様も言っていたではないか。
 人は見た目ではないよ、的なことを何度も。

「世の中ってのは、理不尽で間違ったことだらけだからな」
「でも、じゃあ、エドモンは最初からネリーを婚約者にしたかったってこと……?」

 ベルナールは、自分の邪推かもしれないと言ったが、考えてみると思い当たるフシがあった。
 アニエスに婚約破棄を言い渡した時、エドモンはアニエスを引き留める素振りを見せた。
 無能だと言った手前もあるし、ネリーにも聖女としての力はあるだろうと信じていたから、アニエスが出ていくことを了承したようだが、本当は万が一に備えて王宮に残したかったのではないか。

 つまり、エドモンは、アニエスのほうが力があると知っていた……?

 エドモンが絡んでいたなら、アニエスにとっては思った以上に不利だったことになる。
 ネリーがインチキをしたとバレても、うやむやにされただろうし、証拠を用意して訴えても何も変わらなかっただろう。

「泉の神様は、人は見た目じゃないっておっしゃったわ……」
「俺も、そう思う。だが、見た目に惑わされるなとわざわざ言うくらい、人は見た目に惑わされやすい」

 ベルナールの言葉は容赦なく二つの事実をアニエスに突き付けた。
 つまり、人は見た目に惑わされやすいと言う事実そのもの。そして、アニエスが……。