アニエスはスタスタと歩き出した。

「なんで、俺が……」

 鼻に皺を寄せるベルナールに、「とにかくその目で見てください」と兵士たちがしきりに促す。
 ついて来ないなら、それはそれで仕方ない、とりあえず施術だ、と城門に向かったアニエスだったが、意外にもベルナールは兵士の言葉に従ってついてきた。

 ドミニクが小声で囁く。

「うちの閣下は、口は悪いしぶっきらぼうだが、話のわかるお方だ」
「そうなの?」
「嬢ちゃんのことも、きっと認めてくださる」
「だといいけど……」

 励ましてくれてありがとうと、ドミニクに礼を言う。
 
 泉の神様が言っていた。
 目に見えるものが全てではないよ、と。

 見た目で判断されたくないと自分が思うなら、相手のこともきちんと見なくては。
 口の悪い辺境伯の第一印象は最悪だが、ドミニクたちの話を聞く限り、嫌な人だと決めつけるのはまだ早い。

 汚いと言われた時は、さすがのアニエスもグサッときた。鋼鉄の心に楔を打ち込まれた。
 しかし、汚れているのは事実だし、旅をしてきたのなら仕方ないとベルナールは言った。蔑んだわけではなく、本人が言ったように、あれは「感想」なのだ。

 もう少し、言葉を選べと言いたいが……。

 城門には大勢の人が集まっていた。
 アニエスが近づくとワッと歓声が上がる。

「嬢ちゃん、水虫のお代だ」

 三列目くらいから、最初の町の水虫おじさんが銅貨を投げてよこした。

「わざわざ来てくれたの?」
「嬢ちゃんを追いかける列ができてるって聞いたんで、野次馬根性でついてきたんだ。街道は嬢ちゃんの噂で持ち切りだ」

 暇か、と思ったが、そうではなく、おじさんは足の悪い人に肩を貸して歩いてきたらしかった。
 きっと、よくしてもらえるからなと、隣のおじさんに笑いかけている。

 城門の前に集まった人を兵士たちが整列させ、ほかの兵士たちが松明を焚いて周囲を明るくした。
 ベルナールは何も言わずに、兵士やアニエスのすることを見ていた。

 右手に持ったのぼりをそのへんの土に差して、アニエスは施術を始めた。

 兵舎にいた患者は二、三十人ほどだったが、今度はその十倍くらいの人が集まっていた。
 肉をたくさん食べた後でよかった。
 アニエスは次々に、みんなの不調を治していった。

 重い病気やひどい怪我でここには来られない人もいて、代理の人がアニエスに相談に来ていた。できるだけ各地を回って、治せる人を一人でも多く治したいと思う。
 そうなると、ここにはいられないけれど。

 真夜中近くになって、全部の人の施術を済ませ、代理で来た人の話も聞き終わると、ベルナールが言った。

「採用だ」

 アニエスはうーんと顔をしかめた。

「せっかくなんですけど、私、やっぱり旅を続けるべきか、迷いが生じてきました」
「何?」
「あちこちから、診に来てほしいと言われてしまって」

 眉間に皺を寄せた辺境伯は「好きにしろ」と言った。

「ただし、全部の人間を助けられると思うな」

 厳しい言い方だが、真実だ。
 アニエスはまたうーんと唸って考えた。

「採用後に、アルバイトに出てもいいですか?」
「アルバイトだと?」
「ふだんはここに置いてもらって、時々よその町に出かけられたら、一番いいんですけど」

 都合がよすぎるかなと思ったけれど、ベルナールはただ「わかった」と言った。

「詳しい取り決めは明日だ。今夜はもう寝ろ」