『ふ…ぇぇぇん…っ』



夜中はこうして絃の泣き声に目を覚ます。

けれど“起こされる”なんて思ったことは1度もなくて。


隣に眠る小さな子のお腹を、優しくポンポンと叩いてやる。



『よーしよし。俺はここにいるからね』



寂しくなってしまったのだろうか。

母親の温もりを知らず、父親だって忙しい人だからこそ滅多に帰らない。


傍にいてやれるのは自分だけ。

でもまだ少年の手では小さすぎて安心は与えられないみたいだ。



『ほら、絃。空がすっごい綺麗だ』



抱き上げて部屋から出れば、涼しい夜風が髪を撫でた。

その風が幼子の頬に流れる涙をもすぐに乾かしてくれる。


縁側に座って、膝の上に乗せる。



『お星さまだよ、絃』


『ほちっ』


『そう、星。キラキラしてるね』


『きゃーきゃっ』



みんなが寝静まった静かな夜だけが、ふたりだけの時間を作ってくれた。

煙草の匂いもしない、低い男たちの声もしない、蔑むような眼差しもない、嘘を浮かべる笑みもない。


そんな夜は星の光に照らされて、夜空が紺色をしていて。


絃織はこの瞬間、このとき、こうして見える景色すべてが好きだった。



『時間なんか止まっちゃえばいいのに…』



今ここ、今、止まればいい。

なにも考えなくていい、絃だけがここにいる時間で止まればいい。



『でもそしたら…絃が大きくなった姿が見れなくなっちゃうね』



それはやっぱり嫌だなぁと、少年はつぶやく。


そう、誰もいないから。
夜だから、みんな寝ているから。

そして絃もまだ言葉を理解できないから。