「まぁどこぞの風来坊に拐われるくらいなら、絃織で安心っちゃ安心だな」


「なんだその妥協」


「お、噂をすれば来たみたいだぞ」



新たに現れた男の手にもまた、花ではなく辛さの際立つ煎餅が詰められた袋。


「被った」と微笑んだ絃織は、静かに手を合わせた。


一応建前上は義理の息子だったが、本当にいろんな意味で義理の息子になるらしい。

組長と若頭ではなく、いまは義父と息子の会話。



「馬鹿、美鶴はこっちの限定商品が好きなんだよ」


「いや、母さんはこの煎餅のほうが辛くて美味しいって言ってたんだ」


「わかってないな絃織。あいつはそう簡単に目移りする女じゃないぞ」



こんな言い合いができるのだって今になってようやくだった。

慎二のことがあって、俺たちはどこか一線を引くように昔から逸らしてきた目。


それでも絃という存在が繋いでくれた親子のような絆。



「辛ぇ…なんだこれ。お前も食ってみろ絃織」


「俺はいい」


「そうか分かった。婚約は破棄ということでいいんだな」



若干睨まれた気もするが、一欠片つまんで「辛ぇわ」とこぼす絃織。


確かにこいつが持ってきた煎餅のほうがずっとずっと辛かった。

バリバリ砕く音は次第に静寂に変わる。


ただじっと、墓を見つめる男がふたり。



「…幸せにするよ、おやっさん」


「俺を幸せにしてどうすんだ」


「絃に決まってんだろ。なんで今の流れでそうなる」



そんな冗談に小さな笑いが響いて消えた。