二人だけの静かな研究室。
理仁がやっと顕微鏡から顔を上げた。

「この中のミジンコ、全滅してるよ」

私が一つのボトルを見て教えてあげる。

「あー、やっぱり。そろそろ死ぬと思った」

理仁がケロッとして言う。

ミジンコの命をなんだと思ってるんだろう。

「ねえねえ、見てみて」

理仁がおいでおいでと手招きする。
理仁のすぐ隣に立つ私。

「何?」
「卵にホルモン入れるのまじで上手いから見て」

しょうもない。
しょうもないけど、この三年間、理仁はそんなことしか言わない。
そんな理仁に私は恋をしている。

「顕微鏡私覗いていいの?」

そう聞いて初めて理仁が「あっ」と気付く。

「俺、見れないじゃんね」

馬鹿。
本当にこの人、ただのミジンコに詳しいだけの馬鹿だ。

「じゃあさ、覗きながら俺に指示して」

笑いながら言ってきた。

「どういうこと?『上、上、あ、もうちょっと下』みたいな?」
「そうそう、俺は見ないで卵にホルモン入れるから」

無理だよ。
でも、普段からこういうくだらない遊びばっかりだ。

「分かった、いいよ」

私は理仁と入れ替わって椅子に腰かけて顕微鏡を覗き込む。

「じゃあ、やるよー」

理仁が私の背後に回る。
右手にはピペット、左手が私の肘のすぐ隣に置かれる。

顕微鏡の中、一瞬だけピペットの先が映り込む。

「きたきた」
「今は?」
「今いない、もうちょっと左下」

何やってるんだろう、とは思う。

「ちょっと待って、手が安定しない」

そう言って理仁も椅子を持ってきてすぐ後ろに座った。
左手も右手も私を挟むようにして机に置かれる。

すごく近いんですけど。

顕微鏡を覗き続けるも、理仁との距離が近い背後に意識が集中してしまう。

「どう?見えてる?」
「もうちょっと、たぶん下。動かして」
「動かしてる」
「あ、上、上」

こんなことに夢中になっていた時。

「あ」

突然理仁が言った。