―17段目の恋― あのときの君とまさかの恋に落ちるとき

「新さん、お待たせ」

泉コーチは龍道コーチの前に出されていたコップの水を飲む。

「お待たせ?」

「どうしても天龍の海鮮焼きそばが食べたくなったから付き合えって、レッスン前に電話してきたんだよ。だから水之さんが振り替えで来てるよって言ったら、一緒に連れて来いって指令がおりたわけ。コーチが生徒を誘うのはタブーなのにさ」

「そんな、言ってくれれば」

「逃げたかもしれないでしょ」

「なんで俺がいると逃げるんだよ」

「なんとなく」

「なんだよ、達也とならいいのかよ。だいたいコーチの誘いにすぐ乗るってどうなんだよ」

「自分が連れて来いって言ったんじゃん」

「だからさ、俺が誘ったから来たっていうならいいけど」

「一応水之さんは、1カ月間新君と付き合うことになったから他の男と食事に行くのはやめておくって律儀に帰ろうとしたのをなんとか連れてきたんだよ」

「なんだ、そうか」

途端に破顔する龍道コーチに泉コーチが苦笑する。

「泉コーチは知ってたの?」

「2人が付き合うこと? パーティで宣言してたからね。新さん、言ったことは実行するから。でも1か月って短い契約だね」

「契約って言うな。響きが悪い」

「じゃあなに?」泉コーチが笑うと龍道コーチは「約束だ」と答えて、「だよな」と透子に同意を求めた。
だよな、と言われても、その違いがどこにあるのか分からず、同意する代わりに質問した。

「それで、どうして私をここに連れてきたの?」

「彼女とご飯を食べたいってフツーだろ」

なんでそんなバカみたいな質問するのだみたいな顔をして、龍道コーチはさらに「やっぱりもう尾行されているみたいだからよかったよ」と、入り口近くの席に一人で座っている50代くらいの男性を目で指した。

「もしかしたら僕たちがドラゴンを出たところからつけられていたかもしれない」

泉コーチも同意して男をちらりと見た。

他人から行動を見張られるなんて人生初めてだ。
気分のいいものではない。
他の男友達と(田淵くらいしかいないが)飲みに行ったりしたらそれがそっくり龍道コーチに報告されてしまうのか。
御曹司の彼女になる人たちって大変なんだなと、透子もそちらの席に目をやった。

50代後半のサラリーマンにしか見えない男性がもう八宝菜のようなものを食べていた。
尾行している相手より先に探偵が料理を食べるというのは発見だった。
というより尾行者がどうやって先に入店して先に食事できるのか。

その疑問には、「君たちが駐車場でとろとろしている間に先に入店して、ちょうどミスオーダーで余っていた八宝菜を頼んだんだよ」と龍道コーチが回答した。

「だから他の男とでかけるのはNGってことで。で、明日の土曜は予定ないよな」

「どうして決めつけるの?」

「あるのか?」

「一応、ない」

「ニ応とかあるのか」

「あのさ、ひとまずって言うけど、ふたまずってないよね。一応はあるけどニ応はない」

「冗談だよ。ないって素直に言えばいいのに。じゃあ明日はデートだ」

1か月間の彼氏彼女になるにあたり、基本週末はデートなのだと龍道コーチは勝手なプランを得意げに語り、目を細めて透子の顔をのぞきこんだ。

ふいのその瞳の近さに透子はどきりとした。