―17段目の恋― あのときの君とまさかの恋に落ちるとき

雨を吸い込んだ分だけ力をためた緑が、より一層濃くなったようだ。
青々しい香りを放ち、久しぶりに湿り気のないからっとした風が、半袖の腕をなでていく。

透子を急かせて外に出た割には龍道コーチは特に行き先を決めていず、海が見たいなと言って車を走らせた。

昼過ぎには鎌倉に着き、海が目の前に広がるおしゃれなカフェ、ではなく定食屋の外に出された簡易テラスで昼食をとった。
透子の分も支払おうとする龍道コーチと、仕事をしてもらったお礼に自分が払うといってきかない透子はレジでもめ、結局割り勘で払って店を出た。
日に焼けた年配の店主が「彼氏に払ってもらえばいいのに」と言うので「彼氏じゃないんです」と、透子は律儀に訂正した。


「それで水之さんは、新のどういうところが好きなのかな」

龍道コーチの父親、龍三が、コーヒーカップをソーサーに戻しながら穏やかにたずねる。
隣には龍道コーチによく似た端正な顔立ちの母、桜子が小首を傾げて笑みを浮かべていた。
薄ピンクの地に小花模様の訪問着をまとった桜子は母親とは思えないほど若々しかった。
そしてその隣には、ことの成り行きを多分すべて知っているマヤさんが、状況を面白そうに見守っている。

透子は銀座のとある老舗の喫茶店で、これから歌舞伎を見に行くという龍道家族に囲まれていた。

ひなびた海辺の散歩からなぜ銀座に舞台が移り、こんな展開になっているのかと言えば、桜子から電話で呼びつけられたせいだ。

「もしもし新ちゃん、今どこで何しているの?」
「鎌倉でデート」
「あら、じゃあちょうどいいわ。これから私たち歌舞伎に行くからその前に銀座でお茶しましょう」
「ちょうどよくないよ。鎌倉でデートしてるんだから」
「でも3時に文明喫茶なら来られるわね。じゃあ」
と、かみ合わないやり取りは桜子によって一方的に終了し、「行かないと、次はディナーに誘われてもっと面倒くさいことになるから」と龍道コーチに頼まれたからだ。