行き先を知らないまま巧みな運転に酔いしれているうちに車は住宅街に入っていった。

「どこに行くの?」

さすがに気になって透子はシートに寄りかかっていた体を起こした。

「ご飯」
「私、所持金3000円くらいしかないけど」

こんな車を乗り回しているのだ。きっと行きつけの店も高級に違いない。

「僕は8000円くらい」

田淵も所持金を申請する。

「お金はかからないから大丈夫。お酒も飲める。ただしこれからのことは内密に。他言無用ってことでよろしく」

秘密の気配に食指が動いたのか、助手席の田淵が「承知致した」とすかさず答える。

「そちもな」と、なぜか時代劇風に透子に同意を促すので「がってん承知致した」と透子も答えた。

行き先を言わないままにマヤさんが車を走らせ、間もなく、なんだか見たことのある風景になり、見たことのある邸宅の立派な門が開き、マヤさんはそのまま進入して正面玄関前のスペースに車を停めた。
そこは昨日透子が訪れたばかりのもう2度と来ることはないと思っていた龍道家の邸宅だった。
マヤさんに続いて車を降りると空はまだうっすら明るさを残し、ゆるい風にのって庭園の緑の匂いがした。