龍道に関わってはいけない――という忠告が頭の中をテロップのように流れ、焦った透子はスマホを耳に当てたままこそこそ更衣室の外に出た。
するとやはり受付の中でスマホを耳に当てている龍道と目があって、さらに焦ってまた更衣室にこそこそ引き返す。

「おい、なにやってんだよ」
スマホ越しに龍道コーチの声が響く。

「コーチこそ」と言いかけた透子は慌てて「coach……のプリントのバッグがいいかなあ、coach、のブランド好きなのよね」と言ってごまかした。
周囲の耳が透子の声を注意深く吸いとるのが見えるようだった。

「なに意味わかんないこと言ってんだよ。とりあえず20分後の5時にこのビルの裏口の前で会おう」

電話は一方的に切れた。意味がわからないのはこっちの方だ。
スマホを見つめる透子を皆が気にしているのがわかる。
生徒のうち1人が代表して「どうしたの?」と声をかけてきた。

「あ、えっと、なんか友達が誕生日に好きなものをプレゼントしてくれるっていうから、コーチのバッグって言ったんですけど」
嘘を重ねる。

「お誕生日、もうすぐなの?」
「来月です」
それは、本当だった。

「でもcoachのバッグをねだれるなんて、彼氏?」

面倒くさいので、また嘘を重ねる。
「ええ、まあ」

「いい彼氏がいて、いいわねえ」
納得してくれたようで、人のいいおばさんの笑顔になった。

「いえ、そんな」