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僕がそろそろ帰ろうかと思ったのは太陽が沈みかけた時間だった。


梨乃との記憶をたどり、梨乃を探しているといつも時間を見失ってしまう。


あまり遅くなると起こられてしまうと焦り、帰路へ戻ろうとしたときだった。


狭い路地に入り込んでいた僕は前方から黒い人影が歩いてくるのが見えた。


この道を歩く人は少ないから、なんとなく体が緊張した。


でも大丈夫だ。


僕は小柄だし、相手は大人みたいだけれどとても細い体をしている。


この通りをぶつかることなく通り過ぎることはできそうだ。


たとえばこれがお相撲さん同士だったら難しかったかもしれない。


そのくらい細い路地だった。


相手が近づいてくるにつれて、黒いスーツを着ていることがわかってきた


そして更に近づいたとき、それが見慣れた人であることもわかった。


僕は自然と足を止め、同時に相手も止まっていた。


「坂口君。こんなところでなにをしてるんだい?」


その人はいつも通り口の中でモゴモゴと言葉を発する。


この至近距離でも聞き逃してしまいそうになる。


「ちょっと、寄り道を」


僕は素直に返事をした。


金木先生は表情を変えず「こんな時間までうろうろしてちゃいけないな。早く帰りなさい」と淡々とした口調で言うと、僕の隣を通り過ぎた。


その瞬間、僕の足にトンッとなにかがぶつかった。


視線を落とすとそれは先生が持っていたカバンだった。


大きなカバンに一瞬視線を奪われるが、すぐに我に返って帰路へと走ったのだった。