寧音のこういう自己中心的なところ、小さいころからずっと嫌だった。
「わたしがどうしようと寧音にも関係ないよね」
友達ではあるけれど一番にしてくれなかったショーマともう一度付き合おうなんて絶対に思わないし、久野ふみとのことは友達とすら認識していない。と言ってもいいけど、関係ないって言葉には同じ言葉を返したくなってしまう。
「当てつけみたいに堂々と一緒にいるところ見せつけてきて…月湖のそういうところが、小さいころからずっと嫌だった」
そういうところって何。
「当てつけなんてしてないよ。勝手に解釈するのやめてよ」
なんであのふたりとお昼を食べるのに、だれかに気を遣わなくちゃならないの。おかしいでしょ。
「どっちに対して所有欲出してるのか知らないけど、寧音に悪びれるようなことは何もないから」
ショーマはなんで、寧音を好きになったんだろう。
一番にしてもらえなかった挙句、理解もできなくて、すごくつらかった。
良い気味。
そう思ってる。
たぶん寧音はわたしのこういうところが、小さいころから嫌いだったんだと思う。
もともと集団行動は苦手だった。
他人の感情を読み取ることも苦手だし、国語の読み取り問題も苦手。道徳の時間は共感できないことが多かったし、思いやりとか人を大切にするとか誰にでも親切にするとか、そういうことは、なんだか嘘っぽいなと思ってしまう。
そんな自分も好きじゃなかった。
だから変わろうってがんばったの。そうすることで自分が傷つくことも少なくなる。そう思ったから。
だけど寧音はいつまでもありのまま。



