高校生活最後の年。隣の席になったのは9歳年上の男のひと。

そのひとはただの一般人じゃなく、なんと国民的アイドルグループのひとりでありながら現在活動休止中の芸能人だった。


……ことをすっかりわすれ、しつこくてめんどくさくてうざったいからこれ以上面倒なことにならないようにと連れてきた食堂で、数時間前の自分を呪いたくなった。



「うーわー、9年前と変わらない味!懐かし~!」


スプーンにやまもりすくったカレーを頬張り古い記憶に浸る目の前のひとは、正直、テレビのなかのキラキラアイドルとはちょっとちがうというか。

正真正銘同じ顔、同じ背、同じ声ではあるんだけど、なにも取り繕っていない姿って感じで。



だけど世間は、学校はそうじゃない。


「……」


なんでこのひと、こんなに注目されてるのに、ぜんぜんへっちゃらなんだ…?


食堂を使う生徒たちや働いている人たち、すべての視線がこの男ひとりに集結している。

つまり、目の前にいるわたしにも痛いくらいに突き刺さってる。居心地は最悪。今すぐにこの場を去りたい。


本人じゃなくてもこんなに気になってるのに、なんで平気な顔でカレー食べられるの。

紗依とあっこのことも誘ったのについてきてくれなかったし。


聞こえてくる。彼のことをうわさする声。

顔がかっこいいこと。アイドルだってこと。穂菜美ちゃんや寧音とのこと。ファンを待たせて学校に来ていることを責めるような言葉まで。

わたしに聞こえてるってことは、このひとにも聞こえているはず。


もしかしたら、すごいひと、なのかもしれない。

スルースキルが。



「アリスはカレー食べないの?」

「お弁当あるから」

「えー。でもそのお弁当もおいしそうだね。小さいけど足りるの?」


身を乗り出して覗き込んでくる。ひえ、近い。