それが、わたしにとって、久野ふみとだった。
久野ふみとにとっても、わたしだったらいいのにと、思った。
寧音との連弾は心地が良くて、たまらないような気持ちになった。
ピアノが楽しいことだったこと。音楽が好きだったことを、思い出せた。人の音に温みを感じられる自分に戻れたことを、実感できた。
ショーマのギターも歌声も、ちゃんと良くて、バンドを続けてほしいなと思った。
途中から会場はピカロのメンバーを中心に盛り上がり、ピカロはマイクまで使って歌ってくれた。
ステージに上がりピアノに近づいてきたふみとは、すごくうれしそうだった気がする。
ずっとこっちを見て歌ってくれた。
曲が終わるとアンコールを求められたので、少し話し合って、ショーマのバンドがカバーしていたプロの曲を2曲も弾いてしまった。よかったのかな。よく考えたら、プロが集まるなかで、大胆なことをしてしまった。
ステージ上でお辞儀をして降壇すると、ふみとがいて、手を取られた。
そのまま引き寄せられて、ぎゅうっと、胸元にしまわれる。彼の心臓の音が聴こえる。いちばん大切な音。
「すごくきれいな音だったよ。アリスが弾いてくれてうれしかった」
わたしたちよりずっと大胆なことをする。メディアが入っていないパーティーだからって、同じ事務所の人たちしかいないからって、こんなことしちゃだめでしょう。
そう思うのに、寄りかかってしまった。ふみとの腕のどこかを掴んで、夢じゃないことを確認する。
「寧音とショーマが一緒に弾いてくれたから…穂くんもずっと背中を押してくれてて…」
ひどいくらい、自分本位で、このひとに向けた感情は、不本意で。
「ふみとが、聴いてたから。いちばん近くにいてくれるような気がしたから、弾いたよ」
だけどもう、うそも誤魔化しもできない。
だってこんなの、離れかたがわからないよ。



