世界でいちばん 不本意な「好き」



自分の席で手紙を読むふみとを後ろから見ることしかできない。

お昼休みに人知れず教室を出て、おそらく葉歌ちゃんに会いに行く姿もそう。


お昼休みを目いっぱい使って帰ってきたふみとに、なんだったのかなんて聞けないし。


落ち着かない。

クラスメイトにもたくさん話しかけられて、学園祭以来ふみとを芸能人だからと遠ざける人は少なくなった。

わたしばかりだったふみとはもういない。

これが、むしろ本来の姿で。
いやもっとずっと広い世界で生きてきたひとで。



「アリス、ネイルかわいいね。全部の指塗らないの?」


久しぶりに紗依、あっこ、そして甲斐くんと放課後遊びに出かけた。入ったカフェで頼んだお茶を飲んでいるとあっこが聞いてきた。

左のくすり指にだけ塗ってるのおかしいよね。しかもまあまあ目立つ色だし。


…話そう、と、なぜかすんなりと思った。


「あのさ、ちょっとだけ、話したいことがあるんだけどいいかな」

「なあにー?」


あっこはソフトクリームがのったココアを堪能しながら返事をくれた。紗依は、少し、おどろいた表情を浮かべている。甲斐くんに聞かせる話じゃないけど、まあいっか。後回しにしたら話す気なくなっちゃいそう。


「わたしの実家ね、ピアノ教室をやってるの。お母さんが先生で、お父さんは今でもオーケストラでピアニストをしてて、けっこう有名なの。お姉ちゃんとわたしは小さい頃からピアノを弾いてて、コンクールに出て優勝したり、高校を卒業したら音大に行ったり、将来は自分もオーケストラのピアニストになることんだろうなって思ってた」

「オーケストラ…」


ネイルの話じゃなくてピアノの話がはじまって、あっこや甲斐くんは少し戸惑っているみたいだった。