世界でいちばん 不本意な「好き」




「あんたも聴いてたよ。久野ふみとが出番待ちしながらドビュッシー弾いてるときに出くわしてるところ見かけた」

「…や、おぼえて、ない」

「……そ?」

「これ、買ってきてくれてありがとう」

「うん」


騙していることに、なるのだろうか。

だけど近いうちふみととわたしは離れることになる。距離があって、立場がちがって、そんなひとに自分がいつまでも恋をしている想像はできない。

むしろ近くにいてくれて、わたしのことを見てくれて、やさしくしてくれる人のこと、好きになっていくと思う。今までずっとそうだった。


そうやって恋をしてきた。

だからまちがいなんかじゃない。


なのに後ろめたいようなきもちになる。
穂くんといるの、ちゃんと、ここちいい。
だからはやく、ふみとのこと、好きじゃなくなれたらいいのに。



「月湖って自分の気持ちとか考えを隠せてる気でいるけど全く隠せてないからね。無理してんのバレバレ。そんなんじゃ新しい彼氏がカワイソ。誰だか知らないけど」

「寧音、それは、彼氏を紹介してもらってないからいじけてんじゃねーの」

「ショーマは黙って。あんたが入ってくると毎度ややこしくなるのよ」


いや、寧音だけでもじゅうぶんややこしいけどね。

今日もついてこようとするふみとから逃げて階段でひとりでお弁当を食べていると、なぜか今度は寧音に絡まれる。災難。静かになることがない。


たぶん寧音も穂くんもお互いを認知している気がする。とくに寧音がめんどくさそうだから絶対に紹介なんてしたくない。