世界でいちばん 不本意な「好き」



予感はしていた。…というより、頭のどこかで「そうなんじゃないか」と思っていたし、心のどこかでそうであったら良いなと願っていた気がする。


朝、散歩に行こうと早めに起きて敷地内を歩いていると微かなピアノの音が聴こえてきた。

息を飲む。

遠い記憶で聴いたことのある音色。


ドビュッシーの『月の光』。
それはわたしにとって初恋の曲であり、よく、お母さんが「月湖の曲よ」と弾いていた曲でもあった。


静かに寄ると、それは学童から聴こえていた。

予感は確信に変わる。



背が高い。
凹凸の整った横顔。
長く細い指先を軽く鍵盤にのせて音を生み出す。

ただその音色は淋しさを帯びていない。

くもり空の中のひとつ星ではなく、晴れやかに澄んだ夜空でだれかを照らしているような、あたたかな光をまとう星に、変わっていた。


とても、きれいだ。

何より、すごく優しい。優しいきもちになる音。


弾いているのは久野ふみと。

本来出会えるはずのない、遠い遠い雲の上の存在。



「……あ、ごめん。うるさかったよね」


早朝だからだろう。ふみとはわたしに気づくと謝ってきた。


「や、ぜんぜん…みんな気づかないと思う。学童は少し離れたところにあるし」

「アリスは耳が良いよなあ」

「……月の光、好きなの?」


あの日も弾いていた。発表する曲を練習しているのかと思ったら違う曲を披露するから、ちょっと面食らったよ。

憶えてる。
わすれたことはなかった。

だから、あっこたちに見せてもらった久野史都のピアノを弾く姿を見て、すぐにわかった。