世界でいちばん 不本意な「好き」


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わたしの初恋は小学2年生のころ。10年前かな。名前も知らないし、一度会ったきりだから、初恋と呼んでいいかわからないのだけど、初恋といわれると、やっぱりそれしか浮かばない。


それはお母さんに連れられて隣町の演奏ホールへ行ったときだった。



「────…… きれい」


突如聴こえてきたドビュッシーの『月の光』。


「え、なあに?」

「このひとが弾くピアノが…お星さまみたい…」

「月湖は耳が良いわねえ。母さんには何も聴こえないわ。それに音を星だと表現するなんて…月湖には、やっぱり才能があるんだわ」


お母さんが頬を撫でてくる。

それが、うれしいのに、どこか嫌悪感を感じて、息を飲み込んだ。


「つきこ、ちょっと、あっちに行ってくる!」


お母さんから逃げるように、その音がするほうへと走った。



強い光じゃない。
無数に散らばるわけでもない。

雨の降る日の前日に、微かに瞬くひとつ星。


ホールとは反対方向。練習用なのか、廊下にぽつりと置いてある茶色のアップライトピアノの前にそのひとは立っていた。

背が高い。
凹凸の整った横顔。
長く細い指先を軽く鍵盤にのせて音を生み出す。

やっぱり、その音色は星のように、やわく、優しく、きらめいていた。


やがてその手は静かに鍵盤から離れた。



「……あ、ごめん。うるさかったよね」


そのひとはわたしに気づいて謝ってきた。発表会に出る一人だと思ったのだろう。そんなこと思っていない、と伝えたくて、だけどなぜかうまく呼吸ができない気がして、代わりに首を強く横に振る。


「発表会に出る子?」


その問いかけにも首を振る。


「俺は、今日の発表会でピアノは最後なんだ」

「えっ、なんで……」


はっとして口を閉じる。知らない人にそんなことを聞いちゃだめだ。