「あのころのわたしは…」
「ちげーだろ。今もだろ。バイトも勉強も両立させて、特待生維持して、気遣いもかかさない。視野が広いっつーか…最近はリハビリにも通ってんだし。おれからしたら、もっと、ピアノしてない自分のことも愛してやれよって思う」
ピアノを弾かない自分のこと、いつまでも受け入れられずにいた。
「それができないなら、おれが、あんたのこと、一番好きでいるよ。約束する」
だけど、ピアノを弾かないわたしを、ピアノを弾くわたしのことを知っている人が、受け入れてくれたことが、こんなにもあたたかく感じる。
漠然とした不安。
何をしたらまた一番にしてもらえるんだろうって。
何をすれば、人を傷つけずにいられるだろうって。
「穂くん」
いいのかな。
いいに決まってる。
「よろしくお願いします」
つぶやくように言うと、いつもの無表情からは想像ができないほど、屈託のない笑顔がこぼれてきた。
「穂くんって笑うと目がきゅって小さくなるね」
「…は?あんま見んな」
「見やすいようにしゃがんでくれたのはそっちでしょ!」
「ちげーよ、おれは、あんたの顔が見たくてしゃがんだの!」
なにそれ、かわいらしい。
応えてよかったと、思う。
わたしはきっと、穂くんのことを、すきになる。
高校3年生の秋。久しぶりに彼氏ができた。
それは不本意な「好き」が生まれた相手ではなく、一番にしてくれると約束してくれる、幼いころからわたしのことを見てくれていたひとだった。



