あ、そうだ、と、ハスキーすぎない耳触りの良い声がわたしを呼びとめる。
「──── と、────、アリスはどっちが好き?」
悩んでいたのか、ワンフレーズ。突然頭の中に流れ込んできた、好きな音の羅列。
生唾を飲む。
本当はその音も声も飲みほしたい。わたしだけのものになってくれたらいいのに。
「アリス?」
「…っ、ぁ、どっちもよかったから、混ぜたら?」
「え、」
「────…って。どうかな……あ、ごめん!どっちかで答えたほうがよかったよね!?」
ばか、何言ってんの。意見なんて求められてなかったでしょう。
だけど、選べなかったから。
「アリスらしい」
彼は軽やかに笑った。
そういえば話しをすることも、笑い声を聴くことも、ずいぶん久しぶりな気がする。
気づいたらお弁当も移動教室も一緒にしなくなった。
「アリスのそういう、ぜんぶもらってくれようとするところ。良いところを見つけてくれるところ。…ありがとうって、思うよ、いつも」
わたしたちを繋ぐのは、いつだってこの席だけだ。
隣にいたから微かな彼の音も聴こえた。
ちょっとの間だけでも、わたししか聴こえない音をもらえた。
話せる。聞ける。聴こえる。
このひとはわたしにとって、唯一無二の、不本意な、異物の存在。
そしてみんなにとっては特別な存在で、きっとピカロにとってはなくてはならない替えのきかない存在で、音彩先生にとっては思い出の人で、家族にとっては大切なひとりで…って、わたしの知らないどこかで、久野ふみとはたくさん生きている。
「…ふみとこそ。わたしが良くない態度をとっても真っ直ぐでいてくれる。すくわれてるよ、いつも、ものすごく」
泣きたくなるくらい。
だけど絶対に泣きたくないの。
泣いたらその指はわたしの涙をぬぐってくれるだろうけど、久野ふみとが築きあげてきたすべてを壊してしまうような気がするから。



