世界でいちばん 不本意な「好き」


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最近ふみとは隣の席で、ノートに何かを夢中で書いていたり、かと思えばじいっと考え込んでいるのかぼんやりしているのかよくわからないような表情でそこに座っている。


「……次、移動だよ、ふみと」


教室が空っぽになっても動こうとせず、ぼうっとして、時々何らかの音を小さくつぶやいて、またぼうっとするを繰り返しているから、つい観察してしまった。

2度目の声かけにようやくふみとはこっちを向いた。


「え……あ!移動!?」

「あわてすぎでしょ」


おもしろいなあ。イケメンがちょっと崩れる姿に思わず笑ってしまう。

やっぱりとても、好きだなあ。


「曲、作ってるの?」


ここ数回のリハビリは、ひとりで行ってる。ひとりで行くって穂くんに言ったら「フラれた」って、なんてことないような声で言われた。

心細くて、ちょっと何度か逃げ出したくなった。あまり調子が出ない左手に、あきらもくもなる。

そんなときに、隣から、かすかなメロディーが聴こえてきて。それは本当にほとんど音になっていない、ただふみとが自分のなかにだけ落とし込むような、だれにも伝えようとしていない音なのに、わたしの耳はどうしても拾ってしまった。


たまらなくなった。

一番じゃなくたっていいんじゃないかなと、もうぜんぶ投げ捨てて、ふみとに向かっていきたくなるくらい、好きな音だった。


「うん。まだぜんぜん整わないんだけどね」


だけどその音はいずれピカロが歌い、この教室よりずっと広いどこかへ伝わっていく。

そう思うと、わたしの足は、けっきょく竦んでしまうんだ。