手を取られる。左手。

振り向くと寧音が潤んだ目でこちらを見上げていた。


「べつにいいんだよ」

「え……」

「前みたいに弾けなくたっていいよ。前みたいって何?私は、ただ、月湖が、たのしそうにピアノを弾いてくれるなら、どんな音だっていいんだよ」


わたしたちは、学校も性格も違っだけれど、お母さんのピアノ教室で切磋琢磨、お互いの音を意識しながら育ってきた、幼なじみだった。

寧音の音が好きだった。

わたしたちはきっと、親友だった。


寧音と音彩ちゃんのように仲の良い姉妹になりたかった。うらやましくて、たまらなくて、ふたりのことを遠ざけた。


だってお姉ちゃんと並んで鍵盤を弾いたこと、そういえば、もう何年もなかったのに。

思い返せばお姉ちゃんは、わたしのことを、名前で呼ばない。

ただめいっぱい優しい声で、わたしを褒めずに厳しく育てるお母さんと反対のことを言う。


それにずっと気づけずに甘えてきた自分のことが、きらいで。

きらいなのに、どこかで家族を責め続けて、
だれかが一番に好きになってくれたらこのむなしい気持ちも、満たされるような気がして。


──── たのしそうに、なんて、もうどうやるのかわすれちゃった。

わからないよ。

くるしいよ。


「……そのうちね」


叶えられるかもわからない約束をした。

寧音はいつか、わたしに、失望するんだろう。
親友じゃいられなくなってしまうんだろう。