世界でいちばん 不本意な「好き」



たしかに、ふみとは、学園祭のときも、あっこたちに見せられた映像でも、すごく優しいピアノを弾いていた。

わたしだって、知ってるよ。知ってる。


こんなふうに弾けたら良いのにって、思ったもの。



「ねえアリスもピアノひける?」

「…え、」

「ひけるよね?だってアリスはご本読むのもお絵かきもかるたもじょうずだもん!」

「ひいてみて!」


ぐいぐい背中を押されてピアノの前まで連れてかれる。

みんなのきらきらした目がわたしを映す。

そんな目を向けられるの、わたし、ふさわしくない。
だけど、断りかたがわからない。断りたいわけでもない。やっと少しだけ、前を向けたの。

だけど、自信がない。

こんな指で、こんなわたしが、うまく弾けるわけがない────



「アリス、もしかしてひけない?」


わたしはもう、だれにも期待されたくない。でもだれの期待も、裏切りたくない。

息を飲み込み、椅子に座ろうとしたら、その左隣に別の椅子が現れた。



「みんな。ピアノは上手に弾くものじゃないんだよ」


やわらかい、大人びた声。


「どういうことー?」


そう聞いているのは子どもたちなのに、ふみとはわたしを見て少し笑った。



「ピアノは、たのしく弾くんだ。たのしく弾ける人が、本物のピアニストなんだ」



目頭が熱くなって、思わず鍵盤をにらんだ。

視界が揺れる。こころのなかが、何かを掴みたがっている気がした。


「アリスは右ね。連弾しよう」


背に手が添えられる。

わたしは、もう何もうそをつきたくないと、ついにピアノの前に座わった。


「何弾く?みんなが知ってる曲がいいよな」

「…きらきらぼしが、いいと思う」

「うん。そうしよう」


つぶやいた途端、ふみとは左手で音を鳴らし出す。


導かれるように右の指を鍵盤にかけて。

生み出すというよりは、置いてきぼりにしていた音をすくうように、最初の音に指の重みをのせた。