ふみとを見上げると、とくに、何も気にしていないかのような表情でこっちを見て笑う。
なんとなく、ご両親に、似ている。ちゃんと似ている。
「だから俺にとって名前って大事なものなんだよね。まあアリスの事情はわからないから無理強いしたいわけじゃないんだけど、ただ、アリスができないこと、俺が代わりにしたいなって思ってる」
余裕があって、平気で触れてくる。理由も何もわからない。
だけれど、久野ふみとは、わたしのことが、ちゃんと好きなんだと思う。そう、伝わってくるから、くるしい。
「…わたしの名前、だいじにしたいってこと?」
「そーそー。せっかくだし」
せっかくってなんだよ。
わたしは、そんな感覚知らない。
そんなふうに恋をしたこと、一度もない。
「…病院の外に湖があって」
厳しかった母。
寡黙だった父。
ふたりが大好きだった唯一のものが、ピアノだった。
「そこに映った月がきれいな夜に、わたしが生まれたんだって」
だから名前の由来を穏やかに話してくれた時、少し、こわくて、戸惑って、素直に受け取れなかった。
それくらいわたしにも、ピアノしかなかったんだ。
「月湖」
「だから、無理に呼ばなくても…」
「月湖、好きだよ」
──── じゃあふみとの一番にしてくれる?
とてもじゃないけれど、こたえがこわくて、そんなこと訊けないよ。



