世界でいちばん 不本意な「好き」



心臓がどきどきしているのは、初めて学校をサボるからじゃない。

お昼間の電車に制服姿で乗っているからでもない。まちがいなく、となりにいる久野ふみとのせいだ。


「どこに、いくの?」


だれにも見つからないように駅に向かって、だれにも見つからないように電車に乗り込んだ。

だから久しぶりにしゃべったような感覚になって、声がふるえた。


「俺が好きなところ。有栖川月湖にも見せようと思って」


好きなところって、どこだろう。

行き先のわからない不透明さが、やけに心地良い。


「ねえなんでフルネーム?」

「下の名前で呼ぶとおこるから。だけど、呼びたいから」


なんでそう、こだわるのかなあ。こだわっているのは、わたしのほうかもしれないけれど。



けっきょく行き場所を知らないまま電車を2回乗り換えてたどり着いたのは静かな駅だった。

まわりには何もない。


「えっと、ここは?」

「俺の実家があるんだ」

「へ?」


いや、なんで実家?


「ほら、行こ」


まるで迷子を連れて歩くみたいにわたしの手をとって歩き出す。

あまりに自然な行動に、あっけにとられて手を離すこともわすれちゃってたよ。


久野ふみとのご実家はむかしながらの赤い屋根の一戸建て住宅だった。


なんとなくユーズド感のある雰囲気が好きそうだなあとは思っていたけれど、正直に言うと、もっとインダストリアルな家で育ってきたのかと…と耳打ちすると「そんなおしゃれじゃねーよ」と笑われた。


てっきり鍵を開けるかと思っていたら呼び鈴を鳴らすからびっくりした。もしかしてお家の人がいるの?

戸惑っていたらスリッパがこすれる音とともに玄関が開いた。


「あら、何あんた、帰ってくるなら連絡頂戴よ」

「おどろかせてごめん。母さんのごはんを食べさせたい子がいて」


…え、それってわたしのこと?