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新しいものでかき消そう、なんて甘い考えだったのかもしれない。
「おはよーアリス。今日髪巻いてないんだね」
「……」
朝から苛々の原因と顔を合わせる羽目になってしまって、この寮生活を呪いたくなる。ずっと快適だったのに…!
そうだよ。寮も、教室も、係も、たのしくて優しい環境を整えたくてがんばってきたのに、久野ふみとのせいでだいなしだ。
おまけにバイトだってこいつのファンが騒いでる。
こんな生活、もうまっぴらだ。
「聞いてるー?」
無視。
「なんか、機嫌わるい?つらいことあった?」
眉間にしわが寄っていたのか、それを教えるみたいに指でなぞってくる。
ねえ、だから、なんで、そう勝手にふつうに何食わぬ感じで触ってこれるわけ?
9歳差だから?アイドルだから慣れてるの?イケメンだから慣れてるの?わたしのこと、好きじゃないから余裕なの?
「どうせ、いつもつらいし」
そう言いながら振り払う。
ああもう、こどもみたいな態度をしてしまう、自分がいやだ。
そう思っていたら手を握られた。いい加減にしてほしい。
「それなら学校サボろ」
「…えっ」
「今日係もないし、技術科目ばっかだし、息抜き」
「は……え、ちょ、困る!勉強しなくちゃだしサボったりしたら優等生のレッテルが……」
自分で言っていて虚しくなる。
所詮、勉強しなくちゃ、毎日学校に行っていなくちゃ、先生に頼まれたことをちゃんとやらなくちゃ、つくり上げてきた毎日を同じように過ごしていかなくちゃ、わたしはピアノをやらなくなったわたしに自信が持てないのだ。
「今日こそは俺が、」
それくらい、わたしにとってピアノは、唯一無二だった。
ピアノもわたしを、きっと、選んでくれていた。
「有栖川月湖が閉じ込めてる有栖川月湖を、盗むよ」
手放したものの代わりがほしくて、欲しくて。
お互いが一番だと思える存在を、もう一度、手に入れたいだけなんだよ。
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