「ねえ、弾けないって、どういうこと?」


一番、言うつもりなかったこと。
一番、知られたくなかったこと。

あんな状況をつくってくるから、つい言ってしまった。


憧れの女の子。
だけどすごく、妬ましい。


弱いところは見せたくないし、知られたら、もう、この子はわたしに、期待しなくなる。

今度こそ裏切ってしまう。


何もかもが狭間で、くるしくて、



つらい。



「——— 左のくすり指、うまく、うごかない」



残った傷跡。

時々痛むそこは、もうあのころと同じように動かない。


寧音が息を飲み込んだ。


「だからもう弾けない。弾かないって決めたし、弾きたくないし、弾けないの」


解ってもらうことをあきらめた。

だってわたしも、解ってもらえなかったから。


それがこの左手の代償。
左手に込めた決意なんだ。



「寧音、ごめんね」


ごめんね。言わなくてごめん。期待させて、おせっかいをさせて、ごめん。


「わたしだけ逃げてごめん」


お互いがいたからがんばれていた日々が確かに記憶のなかに存在している。

それなのにひとりぼっちにしてごめん。



「…っ、だい、っきらい」



ピアノから離れたわたしを誘いつづけてくれた、強くて、優しい、わたしの唯一無二。



そんな寧音が
ただ肩を震わせて泣いた。

何も言葉が見つからなくて、床に落ちるその涙を眺めていることしかできなかった。