音彩先生はピアノを撫でるように弾くけれど、寧音はピアノに何かを刻むかのように弾く。
それなのに繊細で、柔く、強く美しい音色。
幼いころから根っからのピアニストだ。
額からこぼれる熱を持った汗。
身体中から内臓と血液がなくなっていくような感覚。
渇いた喉と、失う呼吸。
必死になって着飾るのは、せめてものピアノへの敬意。
そのすべてが蘇ってくる。
寧音と音彩先生の音、寧音とわたしの音、久野ふみとの音、ほかの誰かの音。
たとえ同じ曲を弾いたとしてもみんなからは異なる音が出る。
それがわたしはたまらなく好きだったけれど、わたしの大切なひとは、それが残酷だったと言った。
無遠慮に披露して満足して笑って。
そういうわたしが、いやだと言った。
異なる音が出るのと同じように違う思考をみんな持っている。
それだって受け入れるべきはずだったのに、うまくできなかった。
否定したくなった。
傷つけたのに、まるで自分が傷ついたみたいに───
「ちょっと。あたしが弾いてるのに考えごととか失礼すぎでしょ」
いつの間にかその曲は終わっていた。
仁王立ちして覗き込んでくる、まるで姉妹のように育った、わたしの憧れの女の子。
「あ、ごめん……熱は?」
「解熱剤飲んだから引いたけど頭ちょー痛い」
わざとらしい口調で文句を言ってくる。
「わざわざ目立つところでけんかうってこなくたっていいじゃない」
「反対の立場だったらあんたもああいうことしてたと思うよ」
そんなことない。
わたしはもっと人のこと考えられるもん。
「あたしね、あんたがピアニストだってこと、みんなに知ってもらいたいの」
わたしは知られたくない。
「そうすることによって弾かざるを得ない状況をつくりたいの」
身勝手で迷惑な話だ。



