世界でいちばん 不本意な「好き」





汐くんの学校よりわたしの学校のほうがはやく終わる。

だから紗依とあっこに手を振りひとりきりになった教室でお気に入りの文庫を開いて待ち時間を過ごす。


汐くんを待ってる時間は苦じゃない。これから会えるのがすごくすごく楽しみで、そういう気持ちでいっぱいだから。


今日の文庫は汐くんと出会ったきっかけになった本。

図書室に通うことに一時期はまっていて、たまたま見つけたこの本を読んでいたら声をかけられたの。



「その本、良いよね」


そうそう、こんなふうに─── って、なに!?

開いていた文庫本が陰る。顔を上げると、わたしの机に手をついてこっちを見下ろす久野ふみとがいた。


「……っ」


ち、近い……!!!

すぐさま身をよじって距離をとる。思いきり避けたのに彼は鈍感なのかめげずに「ヒロサラ、アリスも好きなの?」とうれしそうに聞いてくる。


ヒロサラ、とはこの文庫本の略称だ。

『ヒーローになりきれないと或るサラリーマンの奮闘記』というこの本は、学生時代はヒエラルキーの頂点にいたけど今はすっかりくたびれたサラリーマンになったアラサーの三上遼がひょんなことから高校時代に付き合っていた年上彼女と再会して、その彼女を襲う不幸の数々から守る羽目になる──── という話。