世界でいちばん 不本意な「好き」



紗依の手にはふみとの顔写真がプリントされた大きなうちわ。

わたしに預けてきたのは「こっち向いて笑ってなんか言って!」と文字が入っている。まるで本物のコンサートみたい。



「持ちたくないよこんなの」

「じゃあこっちにする?」


うっ…顔写真はもっと難易度が高い。首を横に振って拒否。


「それアリスが持ってたらよろこびそう」


穂菜美ちゃんまでそんなことを言う。さっきからなにを根拠にしてるんだろう。


「そんなこと──」



否定しようとしたら、大きな歓声が頭に響いた。

前を向くとバンドメンバーたちが壇上へと進んでいく姿が見えた。


ふみととあっこが前に並んで、楽器は少し後ろに立つ。

そして1曲目がはじまった。



音楽室で練習していたアップテンポの流行りの曲。ロック調にアレンジされかっこよく仕上がっていて、練習のときよりずっと音が弾んでいる。


ふみとはみんなと目を合わせ、時々移動してキーボードを触ったりもしていた。

彼が隣に来ると、寧音は幼いころによく見たような笑顔を浮かべた。


寧音はまだ…ううん。いつまでもきっと、自分の音に価値を見出していくんだ。

ふみともそう。ショーマも葉歌ちゃんもそう。あっこだって歌手になっちゃうかもしれない。



みんなには未来がたっぷりあって、なんだって思い描ける。


いいなあ。
…いいなあ。

きっとこんな気持ちでこのステージを見ているのは、わたしだけだ。



楽しそうな歓声や拍手に取り残されていく。

飲み込まれそう。暗い闇。


そんなわたしにだれも気づかない。気づかなくていい。



───… そう思っていたら、ステージ上のふみとと目が合った。



それからは音が止むまで、彼はずっとこっちを見ていた。わたしも、目を反らせなかった。

気づかなくていいと思っていたはずなのに、気付いてもらえることが、うれしくて。



歌い終わるとふみとはわたしに向かってただ真っ直ぐ笑いかけてきた。

笑って「ツキコ」と、声を出さずに呼びかけてくる。


呼ばないで、とは、もう言えなかった。