世界でいちばん 不本意な「好き」



「月湖っ」


立ち尽くしてただ中の様子を眺めていたら声をかけられた。

振り向くと音彩ちゃんが手を振って駆け寄ってくる。


「最近いつもいるのよ。みんながんばってるよね。中入らないの?」

「…うん。邪魔したくないからいいや。これ届けに来ただけだし、音彩ちゃんに渡していい?」

「あ、ありがとう。水島先生からかな」

「うん」


音彩ちゃんが近くにやってきて隣で小窓から中の様子を覗きはじめた。

優しくて穏やかな横顔。


「寧音が楽しそうにピアノ弾いてるところ久しぶりに見た。笑ってるね」


妹を見守るお姉さんの言葉だ。



「ふみとくんのおかげだなあ。知ってる?ふみとくん、人の笑顔が見たいからアイドルになったんだよ。学生のころから学校の中心で、ふみとくんがいたからみんな楽しかったの」



音彩ちゃんのことは大好きだし、憧れている。だから本当はたくさん話したいんだけど、音彩ちゃんとの会話にはいつだって音楽の話がツキモノになる。

だから、避けてしまう。


「月湖はもう弾かないの?」


その問いかけに頷く。

わたしにはもう弾く勇気がない。理由もない。楽しくもない。


「…月湖は、ふみとくんがいても笑えない?」


何それ。
まるであのひとが、音彩ちゃんにとってすごいひとみたい。

何の疑いもなく信じている。
9年の月日なんてないくらいに。


それが伝わってくるようなひと言に口を噤む。


音楽室からはいつまでもわたしの感情とは反対の音が響いていた。