世界でいちばん 不本意な「好き」



学校が終わってコンビニのバイトに向かっていると「月湖」と声を掛けられた。

振り向くと仁王立ちの寧音がいて思わずため息がこぼれた。すると美少女は眉をひそめて鋭い目を向けてくる。



「なーにその態度」


それはこっちのせりふだ。


「名前で呼ばないでってば」

「2歳のころからそう呼んでるのに今さら変えられないでしょ。それより、史都さんたちとバンドすることになったから」


ショーマ、頼みに行ったんだ。


「ロックバンドのキーボードなんてできるの?」

「2歳のころから触ってるんだから今更弾けない音はないでしょ。私も、月湖も」


クラシックとロックじゃ勝手がちがうと思う。キーボードとグランドピアノだってそう。それでも寧音は自信を持っていて、きっと完璧に仕上げてくるんだ。


「わたしは、もう弾けないよ」


たった1日練習しないだけで音が変わってしまう世界に、もう何年触れていないと思ってるの。

鍵盤の感触も、自分の指でつくる音も、もう覚えてない。思い出したくない。



「……まあいいや。ねえ月湖、あれ見て」


顎で指されたほうを見上げると、音彩先生と久野ふみとが音楽室にいるのが窓の奥から見えた。



「ふたりで何話してるんだろうね」


ふたりの姿を捉えた瞬間に寧音の声が遠くなる。


…あ、ふみと、笑ってる。

懐かしい話をしているのか、それとも今の話をしているのか。どちらにしても楽しそうな様子は変わらない。


「べつに、わたしは気にならないし」


だからいちいち教えてこないでほしい。わたしのこと、きらいなくせに話しかけてこなくていい。


「べつに気になってるとか思ってないし」


ふてぶてしい態度。それならなんで話しかけてきたんだろう。


「お姉ちゃんとふみとさんが再会するの、私は嫌だった」

「…やきもち?」

「うん。お姉ちゃんには何しても敵わないから」


寧音が見たふたりの過去の姿がどういったものだったかは知らない。