「始業式出たかったなー。机も黒板も教室のにおいも制服も、ぜんぶ懐かしすぎ」
なにこのひと…記憶喪失、なのかな。めずらしいものなんて何もないはずなのに、きょろきょろと教室を見渡してはうれしそうな表情を浮かべている。
黒板に目を向けて、それから「お隣は有栖川さんね。下の名前はなんて言うの?」と聞いてくる。
どこかで聞いたことがある声。それもつい最近だ。
わたしのことを苗字で呼んだ。知らないってそぶりを見せる。…なんで?
1年生のときに、すでに外部から受験してきた数少ない人物としてけっこうな人たちに認知された。
2年生では学級委員でよく行事をまとめたから、別学年はともかく同級生たちはわたしのことを知ってると思う。
みんな、下の名前じゃなくて、アリスって呼ぶ。わたしがそう呼んで、と頼んでいるからだ。
そういうのも、知らないの?本当に記憶喪失なんじゃ…。
「おーい有栖川さん聞いてる?あ、俺、久野ふみとって言うの。よろしくね」
「はあ……」
「ねえ俺、制服の着方へんだったりしない?平気?」
制服の着方にへんも何もあるの?
軽やかに立ち上がり、その場でくるりと一回転。背、高い。細身。何等身?
「べつに、だいじょうぶ、だよ」
「本当に?よかったー。ってことはまだ高校生役もいけるのかな。復帰したら村主さんに相談してみよ」
役ってなに。復帰ってなに。なんなの、このひと…。
……あれ、名前、クノフミトって言った?
さっき聞いた名前だ。あっこと紗依が話していた、ピカロという国民的アイドルグループのひとり。半年前にわけのわからないことを言って活動を休んでる…あの芸能人と、同じ名前。



