世界でいちばん 不本意な「好き」



教室に帰る途中、甲斐くんがあっこを口説きにきて、それを冷たくあしらって自分の好きなアイドルの話を延々聞かせてる姿を見て、なんとなくうらやましい気持ちになった。


あんなふうに毎日好き好き一途に言ってもらえたら幸せだと思うんだけどなあ。

振り向いてくれないアイドルを追いかけるより目の前で自分を好きだって想ってくれるひとを大事にすればいいのに。


紗依は今まで人を好きになったことがないらしい。あっこは小さい頃は別グループのアイドル、今はピカロに夢中。ふたりともマイペース。



席につくと隣の席に誰かが座っていた。

机に突っ伏していて顔がわからない。遅刻だったのかな。寝てるのかな。起こしたほうがいいよね。


そっと肩をつつく。起きない。少しちからを入れて叩くと、茶色の髪がふわりと揺れた。

毛先からピンク色が覗く。わたしも最近インナーカラーでピンクを入れてたから、ちょっと同じになっちゃった。


「もうすぐ先生来てホームルームはじまるから起きたほうがいいよ」


遅刻して始業式に出られてないならなおさら。

それにしても…こんな人いたっけ?見かけない顔。……だけど、とても、見覚えがある顔。


筋の通った綺麗な鼻が印象的な横顔。切れ長の目がゆっくりとこちらを向く。

形の良いくちびるが「あ、起こしてくれてありがとう」と、低いけど威圧感のない、人懐っこさを感じる声でつぶやいた。



「学校はじまる時間間違えちゃってさ。約10年ぶりの登校はすっかり遅刻しちゃったよー。始業式どうだった?」


え、10年ぶりの登校ってなに?学校がはじまる時間を間違えるって、どういうこと?