虹雫は咄嗟にその場から走り出そうとした。
 どこに行けばいいか、宮がどこに居るのか、全く見当もつかない。
 けれど、探さなければいけない。そんな気がして仕方がないのだ。



 「虹雫ッ!!」
 「………ッ!!」


 自分の名前を呼ぶ声が耳に届き、虹雫は咄嗟に体の動きを止めて、声の方へと振り返る。
 そこには、ボサボサの髪のままこちらに向かってくる剣杜の姿があった。


 「剣杜ッ!」
 「よかった、まだここに居てくれたんだな。悪い、遅くなった」
 「ねぇ、宮は?宮はどうして来てくれないの?何かあったの?宮と剣杜、2人で何をしてたの?!どうして、宮は何も言ってくれないの?」


 剣杜の言葉に被せて、そうまくし立てて質問してしまう虹雫を剣杜は困り顔で見返す。
 そして、落ち着かせるように、ゆっくりと「虹雫」と名前を呼ぶ。
 その優しさと、まっすぐ見つめる視線、そして重く低い声にハッとして虹雫は言葉を止めて、怯える視線で彼を見つめた。
 きっとこれはよくない話だ。
 聞かなければいけないし、知りたい。それなのに後に続く言葉を告げられるのが怖かった。
 虹雫はギュッと自分の胸に手を当てて、服を握りしめながら剣杜の言葉を待った。



 「………宮がおまえの小説を取り戻してくれたよ」
 「えっ……」
 「澁澤が虹雫から作品を盗った事を認めたんだ。それで、警察に捕まった」
 「……そ、それを宮がやってくれたの?剣杜も?」
 「あぁ。そして、あいつも警察に連行された」
 「宮が警察に?……な、なんで、どうして?」


 2人が澁澤から作品を取り戻してくれた事は確かに嬉しい。
 本気で自分のためを考えて必死に守ってくれたのだろう。

 嬉しすぎて、涙が出そうなのに、その次の言葉の大きな衝撃のせいで、うまく感情が整理できない。
 今は、どうな気持ちなのか?
 嬉しい、驚き、感謝、戸惑い、不安、恐怖。
 どれも本当で、どれも違う。