聖女との婚約はお断りです!僕には心に決めた婚約者がいるので。

 結果は最悪だが、想定していた事態のはずだ。しかし、いざ現実になると、自分の心がぐちゃぐちゃになっているのがわかる。
 自分が王族でなければ。あのまま聖女が見つからなければ。
 そんなもしもを考えても、先ほどの話が変わることは万に一つもない。あれは提案ではなく、国の命令だったのだから。
 すべては聖女を国に留めておくために。
 ユリシーズがどんなに願っても、あの命令が取り下げられることはないだろう。

(嘘だろう……?)

 最悪の気分のまま、王家と繋がりの深い伯爵家主催の舞踏会に出席すると、自分と聖女との婚約話が進んでいるらしい、という噂を耳にすることになった。
 婚約者のフィリスは体調不良を理由に、今夜の夜会は欠席している。仕方なく一人で参加したが、まさか発表前から新しい婚約の話が出ているとは思わなかった。
 エリクに調査を頼むと、聖女との婚約話はすでに周りに知れ渡っていて、学園内でフィリスにアプローチする輩もいるという。

(これでは八方塞がりではないか……)

 フィリスからの返事は途絶えたままだ。きっと避けられているのだろう。学園内で彼女の姿を見ることすら叶わない。
 これを絶体絶命と言わず、なんと言えばいいのか。

「……ユリシーズ」

 エリクが敬称を省くのは、二人だけのときだけだ。ユリシーズは自分の執務室で机に突っ伏した体勢のまま、ぶっきらぼうに答えた。

「なんだ」
「今さら、お前が第一王子なのは変わらないんだし、どうあがいたところで事態が好転するとも思えない。人間、何事も諦めが肝心って言うだろ……?」

 ユリシーズはゆっくり起き上がり、友人兼護衛騎士を軽くにらむ。

「それは要するに?」
「……フィリス嬢は諦めろってことだ」

 わかりきった正論に、ギリッと歯がみする。
 もとより、フィリスとの婚約だって政略結婚だった。そう頭では理解していても、気持ちは一向に整理できない。
 自分から彼女の手を離すことになるなんて、出会ったときには想像もしていなかった。
 ゆっくりと時間を積み重ね、彼女と幸せな未来を築くのだと信じて疑わなかったあのときに戻れたらどんなにいいか――。
 しかしながら、都合よく時を戻す魔法なんてものは、この世に存在しない。
 あるのは残酷な現実だけだった。