聖女との婚約はお断りです!僕には心に決めた婚約者がいるので。

 その後、フィリスにはことごとく避けられ続け、婚約者との不仲説が社交界に広まった頃合いに、ユリシーズは父親から呼び出された。

「お呼びでしょうか、国王陛下」
「ユリシーズ。お前をわざわざ謁見の間に呼んだのは他でもない。お前の婚約の件だ」
「……と言いますと?」

 わざととぼけた風に聞き返すと、国王は静かに目を伏せて嘆息した。

「建国祭の夜会で、ベルラック公爵家の娘との婚約を破棄せよ。そして、聖女クレアを新たな婚約者として周知させなさい」
「…………」
「私の名で公表してもよいが、お前も自分の気持ちを整理したいだろう。……お前も王族の一員だ。私の言いたいことはわかるな?」

 国王が私的な場でなく、あえて公的な場を選んだ時点で、拒否権がないことは明らかだ。横で控えている宰相も口を出さないということは、すでに内々に話を済ませ、了承をもらっているのだろう。
 唇を真一文字に引き結ぶ息子を見て、国王は厳かに告げた。

「話は以上だ。下がりなさい」
「……はい」

 謁見の間から退室すると、護衛騎士のエリクがゆっくりと近づく。そして声をひそめるように、耳元で囁く。

「その顔を見れば、話の内容は大体想像がつくが……大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えるか?」
「いや、見えないな」
「……僕は、どうしたらいい?」

 不安からか、声はかすれた。そういえば、喉がカラカラだ。だがこの渇きは水分を摂っても治る気がしない。
 なぜなら、自分の未来が黒の絵の具で塗りつぶされたのだから。

(フィリス――王族である僕は、君を選べない)