心なしか、久しぶりに見るフィリスはいつもより小さく見えた。
出会ったばかりの頃は極度の人見知りで、婚約者となったユリシーズも、彼女の笑顔を引き出すのには苦労した。そんな彼女も年齢を重ねるにつれ、世渡りの術を身に付け、立派な淑女に成長した。
そう思っていたが、まるで出会ったときに戻ったみたいに警戒されている。
すっかり心を許してくれる間柄になったと思っていたが、さっきからまったく視線が合わない。どれだけ見つめても、フィリスはうつむいたままだ。
正直な話、淑女の仮面で隠せるようになったとはいえ、彼女は人付き合いは苦手な質だ。
そんな彼女がユリシーズの未来の正妃の椅子に残っている理由は、宰相の娘というのが一番大きいだろう。
(このよそよそしさは、公務が重なって会いに行けなかった僕の怠慢が原因だろうな……)
婚約者との関係修復のため、今日のお茶菓子はいつも以上に気を配った。売り切れ続出で予約者のみの販売となった有名菓子店に頭を下げ、無理言って注文に割り込ませてもらったレモンタルトだ。白いメレンゲが波打った看板商品である。
「き、今日は君の好きなお菓子も用意したんだ。まずは食べてみてくれ」
「……いただきます」
銀のフォークがタルト生地を切り込み、フィリスが一口頬張る。
「ど、どうだろうか……」
「……大変美味です。殿下もぜひ召し上がってください」
相変わらず目は合わなかったが、いつになく熱心な勧め方にユリシーズもケーキ皿を手に取り、フォークを動かした。数分後、王宮料理人によって舌が肥えていた自負もあるユリシーズは衝撃を受けた。
クセがあるようでない、けれどまた食べたいと思わせる不思議な後味にフォークを動かす手が止まらない。気づけばペロリと完食していた。それはフィリスも同様だった。
「これは……評判以上の美味しさだな……」
「ええ、おっしゃる通りです」
二人でタルトの余韻に浸ること数十秒、ユリシーズは本題をまだ言っていないことに気づいた。慌てて咳払いをし、王宮御用達の紅茶を飲んでいるフィリスを見つめる。
「それで、今日呼び出した用件なのだが」
「……はい」
コトリ、とティーカップを置く音がする。聞く姿勢になってくれたのにホッとし、ユリシーズは覚悟を決めて話を続けた。
「僕と君の婚約の話だ。君も知っているだろうが、王宮には今、聖女がいる。だが、僕が心に決めた相手はもうすでにいる。だから――」
心配しないでほしい、そう続けようとした言葉は彼女が急に立ち上がったことで途切れた。髪留めの位置が少しずれたのを片手で直しながら、フィリスは口早に言う。
「申し訳ございません。急用を思い出しましたので、失礼いたします」
「え……」
呼び止める間もなく、フィリスは踵を返した。
扉が閉まる音がしてから、やっとユリシーズは弁解の機会を永遠に失ったことに気づいた。
出会ったばかりの頃は極度の人見知りで、婚約者となったユリシーズも、彼女の笑顔を引き出すのには苦労した。そんな彼女も年齢を重ねるにつれ、世渡りの術を身に付け、立派な淑女に成長した。
そう思っていたが、まるで出会ったときに戻ったみたいに警戒されている。
すっかり心を許してくれる間柄になったと思っていたが、さっきからまったく視線が合わない。どれだけ見つめても、フィリスはうつむいたままだ。
正直な話、淑女の仮面で隠せるようになったとはいえ、彼女は人付き合いは苦手な質だ。
そんな彼女がユリシーズの未来の正妃の椅子に残っている理由は、宰相の娘というのが一番大きいだろう。
(このよそよそしさは、公務が重なって会いに行けなかった僕の怠慢が原因だろうな……)
婚約者との関係修復のため、今日のお茶菓子はいつも以上に気を配った。売り切れ続出で予約者のみの販売となった有名菓子店に頭を下げ、無理言って注文に割り込ませてもらったレモンタルトだ。白いメレンゲが波打った看板商品である。
「き、今日は君の好きなお菓子も用意したんだ。まずは食べてみてくれ」
「……いただきます」
銀のフォークがタルト生地を切り込み、フィリスが一口頬張る。
「ど、どうだろうか……」
「……大変美味です。殿下もぜひ召し上がってください」
相変わらず目は合わなかったが、いつになく熱心な勧め方にユリシーズもケーキ皿を手に取り、フォークを動かした。数分後、王宮料理人によって舌が肥えていた自負もあるユリシーズは衝撃を受けた。
クセがあるようでない、けれどまた食べたいと思わせる不思議な後味にフォークを動かす手が止まらない。気づけばペロリと完食していた。それはフィリスも同様だった。
「これは……評判以上の美味しさだな……」
「ええ、おっしゃる通りです」
二人でタルトの余韻に浸ること数十秒、ユリシーズは本題をまだ言っていないことに気づいた。慌てて咳払いをし、王宮御用達の紅茶を飲んでいるフィリスを見つめる。
「それで、今日呼び出した用件なのだが」
「……はい」
コトリ、とティーカップを置く音がする。聞く姿勢になってくれたのにホッとし、ユリシーズは覚悟を決めて話を続けた。
「僕と君の婚約の話だ。君も知っているだろうが、王宮には今、聖女がいる。だが、僕が心に決めた相手はもうすでにいる。だから――」
心配しないでほしい、そう続けようとした言葉は彼女が急に立ち上がったことで途切れた。髪留めの位置が少しずれたのを片手で直しながら、フィリスは口早に言う。
「申し訳ございません。急用を思い出しましたので、失礼いたします」
「え……」
呼び止める間もなく、フィリスは踵を返した。
扉が閉まる音がしてから、やっとユリシーズは弁解の機会を永遠に失ったことに気づいた。



