聖女との婚約はお断りです!僕には心に決めた婚約者がいるので。

 国王として接するときはいつも厳粛な父の別の顔に、ユリシーズは言葉を失う。

「幸い、そなたには血を分けた弟がいる。国王の名において、王太子には第二王子のジュリアンを指名する。そして、王太子には聖女クレアと婚約してもらう。……宰相もそれでよいな?」
「陛下の御心のままに」

 ジュリアンはユリシーズの四歳下の弟である。好奇心旺盛で、今は隣国に留学中だ。今までは第二王子ということで自由奔放な生き方をしてきたが、周りの声を聞いて考える力もあるし、王太子になっても何とかなるだろう。
 弟の未来に思いを馳せている間に、国王は螺旋階段から下りていて、ユリシーズの横に並んでいた。

「フィリス嬢、愚息のことを少しでも愛しく思ってくれるなら、どうか目の前の手を取ってやってほしい」
「陛下……」

 瑠璃色の瞳が揺れているのを見て、ユリシーズは一歩前に出た。

「フィリス・ベルラック公爵令嬢、君に不自由な真似はさせない。僕の横で笑っていてくれたら、それだけで充分だ。だから――」

 僕を選んでほしい、という言葉は彼女の手の制止で飲み込む。
 もしかしなくとも拒否の合図かと固まるユリシーズに、フィリスは優しく微笑んだ。だが社交用の笑みではなく、親しい者だけに見せる表情に彼女の意図を測りかねる。

「フィリス……?」
「……わたくしにも頑張らせてください。胸を張ってあなたの妻はわたくしです、と言えるように」

 その返答を聞いて、ユリシーズは胸がいっぱいになった。
 片膝をつき、胸ポケットに挿していた深紅の薔薇を彼女に差し出す。

「僕は、僕にできるすべての力をもって君を守り、君を慈しみ、君を永久に愛することを誓う」

 フィリスがそっと薔薇を受け取り、恥ずかしそうに目線を合わす。

「……はい。わたくしも殿下……ユリシーズ様のそばで、あなたをずっと支えます。一緒に幸せになりましょう」
「僕だけのプリンセス。この命が続く限り、大事にします」

 ユリシーズはフィリスの華奢な指先を手に取り、その甲に誓いの口づけを送る。物語の騎士がしていたように。
 そのことが伝わったのだろう。
 フィリスは昔と同じ顔で、瑠璃色の瞳をきらきらと輝かせていた。