婚約破棄3回された公爵令嬢の代筆屋

 レイモンドさんか……。いつも笑っているような細い目だったなぁ。……うん、私はやっぱり瞳の色が見えた方がいい。
 アルのような空色でも、エディのような紅茶色でも……何色でもいい。キラキラして綺麗だから好き。

 新しい看板も付けた日、ついに初めてのお客さんが来ました!
「代筆をお願いできるかい?」
 って、昨日メニューを書いたパン屋のおかみさんでした。
「はい、もちろんです!」
 新作でもできてメニューの追加かな?
「1枚8セインで2枚目からは5セインです。紙代混みですが、紙を変える場合は追加料金が発生します」
 おかみさんは、テーブルの上に並べられた紙を見て、ピンクとブルーの紙を選んだ。
「子供の名前を書いてほしいんだよ。自分の名前の字くらい教えてあげたいんだ……」
 ああそうか。文字の読み書きができないというのは、自分の名前すら書くことも読むこともできないっていうことだ……。誰かのために、名前をハンカチに刺繍することもできないんだね……。
 おかみさんの子供は8歳の女の子と5歳の男の子。それぞれ紙に名前を書いて渡した。
「ふふっ。子供もきっと喜ぶよ!家に飾っておくんだ」
 おかみさんがとても嬉しそうに笑った。
「あの、ちょっと待ってください!おかみさんと、旦那さんの名前も教えてくれますか?」
「そうだったね。自己紹介もしていなかったよ。旦那はジョン。私はドナだよ」
 急いで手元の紙にジョンとドナと書く。
「こちらが、ジョン、これがドナです」
「え?」
「ドナさんが、初めてのお客さんなんです!だから、サービスです!」
 ドナさんは「ドナ」と書かれた文字を指でなぞった。
「ドナ……これが、私の名前……」
 まるで宝物のように、愛おしそうに文字を見ている。
 名前……。よく、名前は親が子供に贈る初めてのプレゼントだっていう。名前は宝物なんだ。
「ありがとう」
 お礼を言われて、胸が熱くなる。
 私、店を始めて良かった!
「アル、ねぇ、アル……」
 振り返ってアルにもこの喜びを伝えようとしたら、アルが慌てて駆け寄ってきた。
「リリィー、大丈夫?」
 アルがポケットからハンカチを取り出して私の頬にあてる。
 あれ?私、もしかして泣いてる?
「大丈夫よ、アル。私、嬉しくて……私の書いた文字であんなに喜んでもらえるなんて……代筆屋始めてよかった!」