伯爵令嬢は雨の降る中、住まう屋敷を飛び出した。
 私、騎士様を……、騎士様を愛してしまいました。こんな気持ちははじめてなのです……。
 ドレスの裾が跳ね返る泥で汚れるのも、綺麗に結い上げた髪の毛が打ち付ける雨でほどけるのも気にならなかった。

 トントントン。
「リリィー、リリィーナ話があるんだ」
「あー、もう!せっかくいいところだったのにっ!」
 広げたページに栞を挟んで閉じる。
「仕方ありませんわ、リリィー様。旦那様のご用を後回しにするわけにはいきませんから」
 侍女のメイシーが、本を本棚に戻してくれた。
「でも、本当にいいところだったのよ?主人公が、騎士様への気持ちに気がつき屋敷を飛び出したところなの!何も持たずに飛び出して、一体どうなっちゃうのか気になるでしょう?」
 メイシーはふふふっと笑いながら、部屋のドアを開いた。

 私の名は、リリィーナ・ウィッチ。15歳の公爵令嬢だったりする。
 メイシーが開いたドアの向こうに、この国の宰相を勤めるウィッチ公爵と公爵婦人が姿を現した。
 まぁ、要するに私のパパとママだ。しかし、二人揃ってわざわざ私の部屋を尋ねてくるなんて珍しい。一体、何事?

「リリィー、次の婚約者なのだが……」
 お父様が、言いにくそうに重たい口を開いた。
 来た!ついに来た!
 手に持っていた何枚かの絵姿をテーブルの上に置くか置かないかのうちに、私は高らかに宣言した。
「お父様、私……4人目の婚約者は自分で探しますわ!」

 3度目の婚約破棄から5年。
 ついに、私の決意を両親に表明するときがきたのだ。
 お父様は、一瞬目を丸くして驚きを見せたものの、すぐに絵姿を背に隠すと咳払いをした。
「そうか、うん、そうだな……では、舞踏会を開こう。侍女のメイシーは子爵令嬢だから、一緒に舞踏会に参加できれば心強いだろう?早速、招待状を」
「いいえ!結構ですわ!私、市井で生活しながら殿方を探してまいります!」
 流石のお父様も、今度ばかりは口をあんぐりと開け、驚きの表情のまま固まった。
「公爵令嬢の娘が市井で生活など……そもそも、貴族でもない者を婿に迎えることは……」
 たっぷり1分以上の沈黙ののち、お父様が反対の言葉を口にのせた。
「あら、どこかの伯爵家と養子縁組をさせてから婿に迎えれば問題ありませんわよね?」
「お母様!」