「いいじゃないか、匂いくらい……」 無慈悲な。 「殿下。臭覚は人を虜にするのです。そう! あなたの推進する、視覚や聴覚による陶酔の何倍も脳にこびりつくのですよ。記憶と空間認識に直接魔の手を伸ばすのが臭覚なのです! 去れ、悪魔よ」 つーっと、マロングラッセの乗ったトレイを男の人差し指が、押した。 そんな男の背中に顔を埋めて、イーリスが深呼吸を繰り返している。 「……!」 たった数時間、目を離しただけなのに……!