「きっちゃん……たすけて……」


 ある日。いつものごとく真也の家で留守番をしていると、意気揚々と遊びに行ったはずの優ちゃんが突然帰ってきた。
 俺の腰に抱きつき涙に潤んだ大きな瞳で見上げてきたものだから鼻血とか色々出そうになったし思い切り抱きしめたい衝動に駆られたわけだがお兄さんは耐えたのさ!

 それはともかく、だ。今度は一体どこの誰に可愛さを恨まれていじめられたのだろうかと抹殺する準備を整えていたら、もみじのように小さな手が俺の手を握り、そのままぐいぐい引っ張って連れて来られたのはお隣に住む吉田おばあちゃんの家の前。

 ちなみに吉田おばあちゃんとは、優ちゃんが真也や俺と同じくらい大好きで今年87歳を迎えるおばあちゃんのことだ。
 本名は吉田さち子。めちゃくちゃ優しいうえに、吉田おばあちゃんの作るおにぎりは本当に美味し……何で吉田おばあちゃんについてこんなに長ったらしく語ってんだ俺。熟女趣味はないからな!


「優ちゃん、吉田おばあちゃんがどうしたんだ?」
「あれ! わんちゃん!」
「ワンちゃん?」


 吉田おばあちゃんは番犬として秋田犬を飼っている。名前は大福。吉田おばあちゃんの大好物が由来らしい。
 で、だ。その大福に課せられた使命は『番犬』なので、玄関近くで威風堂々としているわけだが……優ちゃんはといえば、俺の後ろに隠れて震えながら大福を指差す。
 グルル……と低く唸り、今にも襲いかかってきそうな体勢をとる大福の足元にあったのは、


「らぶきゅあ! とられたの!」


 優ちゃんの説明によると、事件の流れはこうだ。

 優ちゃん、真也に買ってもらったラブキュアの玩具を見せびらかすためウキウキで吉田おばあちゃんに会いに来る。
 大福が犬小屋から出てくる。
 優ちゃんびっくり。
 玩具を落とす。
 そして今。


「きっちゃん、とりかえして?」
「よーし! 任せろ!」


 いったん大福から離れ、メガホンを手に取る。どこから出したのかとかつっこんだら負け。
 そしてスイッチを入れると大福に向かってこう告げた。


「えー……秋田犬に告ぐ! お前はすでに包囲されている! 諦めて素直に出頭しなさ……ぐふっ!」
「うるせーよ。お前が先に優との結婚を諦めろ」
「フフッ……真也くん、それは無理な話だぜ!!」
「だぜ! じゃねーよ吊るして煮るぞ」


 不意に吉田おばあちゃん宅の玄関扉がガラガラと開き、スーツプラス眼鏡姿の真也が姿を現す。


(あーあ……こんな初心者課金セットみたいな格好でもイケメンが装備するだけで視覚的攻撃力は抜群だなー……べ、別に、羨ましくなんてないんだからねっ!!)


 玄関から出て早々に俺の鳩尾へ綺麗な正拳突きを決めた真也は、きゅーんと甘えた声を出しつつ足にすり寄る大福の頭を撫でた。


「えー……イケメンの親バカ真也に告ぐ! 優ちゃんは完全に包囲されている! 諦めて樹久くんの元へ嫁がせなさ……ごめんなさい! 調子に乗りました!!」


 真也はまず足元に転がるラブキュアの玩具を拾い上げ優ちゃんに手渡してから、俺の片腕を掴み華麗な一本背負いをキメる。
 世界が一回転したぜ……。


「あらあら、まあまあ。優ちゃんと樹久ちゃんじゃないの」
「おばあちゃん!」


 奥から出てきた吉田おばあちゃんに駆け寄り抱きついた優ちゃんの頭を撫でて、彼女は仏のように朗らかな笑みを浮かべて見せる。


「樹久ちゃん、そんな所に寝転んで……べべが汚れるでしょ? 真ちゃんも、あまり樹久ちゃんをいじめちゃダメよ?」
「吉田さん、大丈夫です。これは俺なりの愛情表現なので」


 にっこりと笑顔を浮かべて言う真也は実に爽やかだ。


「えっ? し、真也、お前……そんなに俺のことが好」
「樹久君ったら相変わらず面白いこと言うなー首の骨折っていいか?」
「ヤダ!! 遠回しの殺人予告はやめてくださるかしら!?」


 真也は吉田おばあちゃんの前でだけ人が変わる。
 立ち上がって服についた砂を払う俺を見てから、吉田おばあちゃんはどこか楽しそうにからからと笑った。


「今ねぇ、ちょうどおにぎりを作ったのよ。みんなで食べましょう」
「たべるー!」
「ありがとうございます。是非いただきます」
「吉田おばあちゃんありがとうー!」




***




 吉田おばあちゃん宅の縁側に、吉田おばあちゃん、優ちゃん、真也、俺の順で並んでおにぎりを食べる。
 何で……どうして俺は真也の隣なんだ……あっ。今、珍しい鳥がいた。


「……うっ……おにぎりおいしい……」
「きっちゃん、なんでないてるの?」