「ぱぱ、おにんぎょーがほしい」


 晩飯を作っていた時。突然、キッチンに走って来た優が口から落としたのはそんなセリフだった。


「人形……? 明日、買いに行くか?」


 人参の皮を剥いていた手を止めてそちらを見やると、優は小さな両手で自分の服をぎゅっと握りしめ、頬を赤くしながらこう言う。


「あのね? そうじゃなくてね? ゆう……ぱぱのつくった、おにんぎょーがほしいの……だめ?」




***




 上目遣いで恥ずかしそうにそんなことを言われりゃ作らないわけにはいくめぇよ。これで作らねぇ親や断われるサイコパスがいたなら今すぐここに連れて来い、俺と勝負しろ。

 だが……料理はともかく、裁縫なんて産まれてこのかた一度もしたことがない。なんせ、そういった事は今までは翠がしてくれてたからだ。
 それでも、本屋で資料を買い途中で何度も自分の指を刺しつつ、チクチクチクチク地道に縫っていれば何とか完成した。時計に目をやると午前2時。


(そろそろ寝るか……)


 立ち上がりすぐ隣にある和室へ目線を移動させると、わずかに開いた障子の隙間からいつの間にか優の大きな瞳がこちらを覗いていた。
 気づかれたのだと理解したのか、優はとても申し訳なさそうな顔でおずおずとリビングに入ってくる……救急箱を両手で抱えて。


(可愛い……)
「ぱぱ……ばんそーこー、いる?」
「いいや、大丈夫だ。ありがとうな。それよりも……優。ほら」


 お世辞にも、綺麗だの可愛いとは言えねぇ(一応クマのつもりで作った)人形を差し出すと、優は笑顔のまま今にも泣きだしそうになっているような……そんな複雑な表情に変わってしまった。
 かと思えば、救急箱をその場に下ろして人形を受け取り一旦床に座らせると、所々から血の滲む俺の左手を、小さな両手でそっと包み込む。


「……おてて、いたい?」
「べ、別に……」


 正直言えば、少しだけ痛い。


「いたいのいたいの、きっちゃんにとんでけー!」
「!!」
「もうだいじょーぶだよ!」


 にこりと笑った優は「おにんぎょー、だいじにするね! ぱぱありがとう! だいすき!」と言って勢いよく抱きついてきた。
 こんなに喜んでくれるのなら、笑顔になってくれるのなら……また、何個でも何でも作ってやる。お安い御用だ。


「くまちゃんのおなまえはね、しんちゃんだよ」
「……え?」


 真ちゃんは俺のあだ名である。
 つまり……それはアレか?貴方だと思って大事にするよ(ハート)的なアレなのか?


(くっ……!!)
「ぱぱ、“はなぢ”でてるよ……?」


 優に対する愛情と妄想の暴走は、今日も止まらない。