昼食休憩が終わり、運動会も残るはあと少しとなった。
 後編も、皆のきっちゃんがお送りしますっ!今から競技に出るのは真也だけどねっ!


「オイ、虫けら。撮影は頼んだぞ」
「え? まだ優ちゃん出ないよ?」
「あ? 一生懸命に俺を応援する可愛い優も撮っとかなきゃいけねーに決まってんだろうがカス」
「とりあえず一言ごとに俺を罵倒するのはやめようか」


 そろそろ泣きそうだよ、俺。
 まあもちろん、真也はそれを無視しカメラの操作方法だけ教えてさっさと入場口に向かう。

 ……操作するって言っても、カメラ自体は三脚で固定されてるからあとは録画ボタン押すだけなんだけどね。


「くそっ……真也め……! あー、マイエンジェル可愛いー……ズームボタンどれだろ」


 あっ、ちなみに次のプログラムは父兄参加競技だ。
 借り物競争と、二人三脚。真也が今から一人で出るのは借り物競争である。


「頑張ってー! 高峰さーん!」
「今日も素敵ー!」
「高峰さん負けないでー!」


 自分の旦那は二の次に、ハイスペック真也を応援し始める人妻さんたち。
 そして、爽やかな微笑みでそれに応え手を振るイケメン真也。


(クソッ! うっ、羨ましくなんかないんだからねっ……! イケメンなんか禿げちまえ!)


 ギリギリと奥歯を噛み締める、フツメン平凡スペックの俺。
 その間にイケメンハイスペックは優雅に腕捲りをし、ちらとこちらへ目線を向ける。


(クソッ! 禿げろ真也!)


 怨念の眼差しを向けてやったというのに、真也はなぜかふっと微笑んだ。


「……?」


 頭上に疑問符を浮かべていると、スタートの合図が大きく響く。
 そ、そうだ!イケメン笑顔に見とれてる場合じゃない!録画しとかなきゃ殺される……!

 ……ん?もしかしてさっきの微笑みって『撮影に失敗したらテメーをバラしてミンチにしたあと東京湾に撒いちゃうゾ』って言う意味だったりするのか……!?
 ヒヒン!怖いよぅ!


「オイ、樹久」


 恐怖に怯えていると、いつの間にか目の前に真也が立っていた。


「は、はいっ!! ちゃ、ちゃんと撮ってまッス!!」
「はあ? 何言ってんだ?」


 呆れたように目を細め、真也は俺の腕を掴みぐいと引っ張る。
 間近に迫る、整った顔。


「樹久……俺には、お前が必要なんだよ」
「ファッ!?」


 ちょっと待とう!うん、確認しよう!
 ええっと、いつからBL恋愛小説になってた?いつからコメディーだと思い込んでいた?

 ゴメンネ!きっちゃん気付かなかったゾ!てへぺろ!


「いいから、お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」
「しし、しん、やっ? あのっ、」
「……樹久、おいで」


 アウト……ッ!!俺様からの突然の優しさはアウトです!!
 キュンときちゃったよ俺……どうしたらいいの俺。人妻さんたちも「きゃー!」なんて黄色い悲鳴をあげてるよオイ。

 とりあえず真也は元いた恋愛小説もしくは乙女ゲームの世界へ帰れ!ハウス!


「ちょ、真也っ、」


 腕を引っ張られ、わけがわからないままゴールイン。
 一応、1位らしい。


「真也……? 紙に何て書いてあったわけ?」


 まさか『俺の心』とかじゃないよな?それが盗めるのは優ちゃんだけだぜ?


「ああ、コレだ」


 真也が見せてくれた紙に記されていたのは『昆虫』の二文字。

 ……昆虫?ウォンチュー?俺、昆虫?


「サイッテー! あたしのときめきを返してよ!」
「土になら還してやるよ」



***



 次の父兄参加競技は、二人三脚。これには俺も参加する。
 ……真也とニコイチでな。


「パパ頑張っちゃうぞー」


 ……意気込む笑顔が怖いですパパン。

 チェンジ!チェンジで!エンジェル優ちゃんかおっぱいでっかい人妻さんがいいです!


「よーい、スタート!」


 合図と同時に、俺の存在は無視して全力疾走する真也。引きずられる俺。


「痛い痛い! 裂ける! 真也! 俺の股裂ける!」
「喚くな」
「いやいや!! 頑張るってなに!? 俺の股を裂くのを頑張るって意味だったの!?」


 必死に抗議すると、とりあえず立ち止まってくれた。
 痛む股間を撫でながら立ち上がれば、その肩に腕を回してくる。


「……樹久。もうちょい、こっち来い」
「ん、こう?」
「ああ。もうすぐゴールだから、頑張って走れるよな?」


 ……なに?真也が優しいんだけどなにこれ?俺、今日死ぬのかな?

 戸惑いながらも黙って頷くと、


「いい子だ」


 低いイケメンボイスで囁かれ、きっちゃんもうどうしたらいいのかわからない。
 コイツ絶対確信犯だ。自分が完璧なイケメンだって熟知して狙ってやってるよ絶対。

 く、悔しいっ!でもドキドキしちゃう!


「じゃあ行くぞ」
「痛い痛い! 待って待って! ちょっと待ってデジャヴ! 股裂ける!」


 1位と引き換えに、俺の股は持っていかれた。


(股間が痛い……)



***



 痛みが引いてきた頃、いよいよ最後の種目がやってきた。
 運動会大トリの、チーム対抗リレーである。これに、優ちゃんも出場するのだ。青組の1年生として。

 ちなみに、このリレーでは6年生が一番最初で、次に5年・4年と続き、1年生がアンカーだ。めちゃくちゃ大事な役回りである。


『――……さあ、赤組と青組、2年生にバトンがわたったー! 遅れて緑組もスタート! それに紫組と桃組、黒組、黄組も続くー!』


 いや、組、何色あるの?虹?とかツッコんでいると、


『赤組、青組! アンカーにバトンがわたりましたー! 頑張れ1年生ー!』
「優ぅぅぅぅ!! 頑張れぇぇぇぇ!! 負けるなぁぁぁぁ!! やれるやれる!! 諦めるなぁぁぁぁ!!」


 誰かこの熱血真也を引き取ってくれ。


「いけいけ優ちゃん!! 頑張れ頑張れ優ちゃん!!」


 まあ、俺もテンション上げてくけどね!
 お手製の優ちゃんうちわと旗を振り、笛を吹いて三三七拍子。


『赤組、青組、接戦です! どちらも頑張れ! そして黒組も追い上げる! そして……ほぼ同時にゴール! これは……あっ、青組のようです! 青組が1位です!』
「やったー! パパー! きっちゃーん!」


 眩しいエンジェルスマイルを浮かべる優ちゃんのおかげで、青組は見事に優勝した。

 号泣しながら、


「立派になったな、優……! オリンピック選手にもなれるぞ……!」


 と言っていた真也には触れないでおこう。

 後日。真也の喉は死に、俺は全身の筋肉痛に悩まされたということは……言わずもがな。