こんばんは、諸君。元気にお過ごしだろうか。
 優の父の、高峰真也だ。

 そんな俺は今、


「……」


 黙々とハンバーグを作る作業に勤しんでいる。
 これは夕飯用のハンバーグで、ノルマは8個だ。

 なぜかと言うと、


「えーい!」
「きゃー! ゆうちゃんつめたーい!」
「みゆちゃんもくらえー!」


 ……まあ、風呂場から聞こえてくるこのはしゃぎ声でお分かりだろう。

 今日は、優の友達である『みゆちゃん』と『みかこちゃん』が泊まりに来ている。いわゆる、夏休みのお泊まり会だな。
 それで、俺は夕飯作りに追われているというわけだ。


「なあ真也、これは次にどうしたらいい?」


 ……一応、樹久も手伝ってくれている。


「チッ…………それはだな、次は、」
「えっ? 舌打ちした? 舌打ちしたよね今?」


 チッ……いちいちうるせぇ虫けらだな。

 とりあえず、


「キャッチボールの要領で、こうやって……手に投げて空気を抜くんだよ」


 実演して見せれば、樹久は「なるほど」と首を縦に振った。

 それから、手のひらにまだ形になっていないひき肉やらを混ぜた具を乗せ、腕を大きく振りかぶる。


「キャッチボールの要領だな! 任せろ! いくぜ真也!」
「お前は今なにを見てたんだよその目は節穴か? 誰が本当にキャッチボールしろっつったよ。お前の頭をメジャーリーグまでかっ飛ばすぞ」


 虫けらの鼻と口にチューブのニンニクを注ぎ込み、何事もなかったかのようにコンロの火をつけた。

 フライパンを置いて油をひき、形を整えたものを順に焼いていく。


「なあ、真也」
「あ? なんだ、どうした? ゴミクズ」
「お前はいちいち俺を罵倒しなきゃ喋れないんですか!?」
「まあ、基本的にはな」


 目もやらずに言葉だけ返せば、樹久は「肯定しやがったよチクショウ! 皇帝ペンギンめ! 樹久ちゃん傷ついた!」とかなんとか喚いた……が。まあ、無視だな。


「真也ってホントに鬼畜だな! ドSめ! 俺様め!」
「……吠えるな。あんまり騒ぐとその口塞いで喘ぎ声しか出ないようになるまで犯すぞ」
「え……っ!?」
「なに赤くなってんだ気色悪ィな」


 冗談に決まってるだろ。俺には虫とヤる趣味はない。

 そんなやり取りをしながらも、着々とハンバーグを焼き上げていく俺。
 樹久は俺の横に立ち、フライパンを覗き込んで「ひい、ふう、みい」と指差しつつ数えてから呟いた。


「何で8個?」
「1人2個で、2掛ける4は8だろ」
「今、ナチュラルに俺を数から外したよね?」


 チッ……気づかれたか……。

 まあ、そういうことだ。樹久の分はない。


「お前には石と水道水をやるよ。石をパンに、水を葡萄酒にできたよな?」
「ご期待に添えず申し訳ないんだけど、俺はいつから真也の中でイエスキリスト的な認識になってたわけ? 今世紀始まってから初めてだよこんな無茶振りされたの」


 石とコップ一杯の水を樹久に手渡していると、お風呂場から弾む声がやって来た。

 ぱたぱたと足音がして、現れたのはマイエンジェル優。


「ぱぱー! パジャマがなーい!」


 ――……今は、上半身にラブキュア肌着と下半身にラブキュアパンツの姿だがな。


(しまった……!!)


 優のラブキュアパジャマは洗濯中のため、クリスタルペットパジャマで我慢してもらうしかない。

 いや、それ以前にだ。嫁入り前の優の下着姿を虫けらごときに見られるなんて最低最悪じゃねーか!
 いや、嫁入りしててもダメだけどな!その前に優は嫁にやらないがな!


(クソッ……!)


 不覚だった……やっちまった……。
 ……もうこうなれば、樹久の記憶を消すしかないな……鈍器でぶん殴れば大丈夫だよな……。


「ちょ、あ、ねえ、これ、」


 優を上から下まで眺めている樹久を本気で抹殺したい。


「キャッ……!! 優ちゃんの下着見ちゃったから俺もうお婿に行けない……っ!!」
「……オイ、」
「これは責任取って優ちゃんを嫁にもらわなきゃ……っ!!」
「オイ、クソロリコン……」


 不思議そうに首をかしげる優。

 一方で、バナナカッター片手に樹久へ歩み寄る俺。
 ……ダジャレじゃない。


「え? 待て待て真也、落ち着こう!? それはアカン!! わかった!! 今見たことは全部忘れるから!!」
「死に方は選ばせてやるよ……感電死、服毒死、切腹死、轢死(れきし) 、餓死、脱水死、凍死、縊死(いし)、中毒死、折檻死、戦死、圧死、溺死……どれがいい?」
「いや待って、まず戦死ってなに?! 俺、どこに突撃しに逝くの?! ちょ、ごめんなさい待ってくださいギャアァァァァ!!」



***



「みゆ、ゆうちゃんのとなりー!」
「みかこもー!」
「じゃあ、ゆうがまんなかね!」


 子供部屋で全員が床に敷いた布団に潜り込んだのを確認してから、明かりを豆電気に切り替える。

 薄暗くなった室内で、


「たのしー!」
「しゅーがくりょこーみたい!」
「ねー!」


 と、はしゃぐちびっ子諸君。


「ちゃんと静かに寝ろよー」
「はーい!」


 声を揃え、きゃっきゃと笑う。
 その愛らしさにつられて笑えば、


「優ちゃん優ちゃん、俺におやすみのちゅーは?」


 とかほざきやがりながら、樹久が優の元までほふく前進で近寄った。

 そんな虫けらに、エンジェルは眉をひそめて一言。


「きっちゃん、お口くさい!」


 ……ああ。ニンニクの、あれが、


「ぶっ、く……っ、あははははっ!! きっちゃんく、臭いってよ……!! くくっ……はっ、腹いてぇ!! あっはははは!!」
「真也、決めたわ……ショック死にする……」
「あははははははっ!!」


 笑いすぎて涙が出てきた。

 今夜の酒は、きっと美味いだろう。ものすごく、な。


「何も美味くねーよ! どうすんだ真也! お前の鬼畜っぷりが優ちゃんに遺伝したら!」
「喋るな。クセェ」
「もうやだこんな親友!!」