ある日のこと。


「ぱぱー! ゆう、おおきくなったらきっちゃんとけっこんするー!」


 もうすぐ小学生になる可愛くて愛しいお姫様の娘がそんなことを言ってきた。

 今さらだが……『きっちゃん』とは。
 優を嫁にくれとしつこいロリコン(そして自称小学校からの俺の親友)の城田樹久のことだ。

 城田樹久と書いてロリコンバカと読む。
 たまに「しろたきく」と読む場合もあるらしい。


(優が……お嫁さん……ウエディングドレス……ヴァージンロード……ライスシャワー……)
「ぱぱ、おめめしろいよ?」




***




「というわけで、お前を抹殺することが決まった。さようなら樹久クン」
「いや、どういうわけかわからないのは俺だけかな?」
「お前だけだ」
「そうか、ならいいわ」


 言った直後「いや、いいわけないだろ!」とツッコミを入れてくる樹久。
 俺の肩に。バシッと。


「まあ、なんだ……昔から色々あったが、思い返せばどれもいい思い出だな」
「いだだだだだっ!! 刻まれてる!! 今まさに俺の思い出に悪夢の1ページが刻まれてる!!」


 腕を掴みひねりあげるとそう喚くが、とりあえず無視して小指を反対方向へ曲げた。


「樹久、今まで世話したな」
「世話になったな、じゃなくて!?」
「世話になった覚えはねぇ」
「えーっ、俺だって真也の世話になったことなんか……いだだっ!! ありました!! すみません、山ほどありました!! あと痛いです!!」


 いったん手を離してやると、樹久は曲がった小指にふーふーと息を吹きかける。

 その様子をずっと眺めていた優に向き直り頭を撫でた。


「優、こんな甲斐性なしに嫁ぐことないからな。今、パパがこの世から消してやる」
「サラッと怖いこと言うのやめようね、パパン。それにこの前『優を任せられるのはお前しかいない……』ってイケボで囁いてくれたばっかりじゃん!?」
「男心と秋の空って言うだろ」
「いや、初耳だわ」


 まったく真也はーなどとぶつくさ言いながら屈み、優の頭を撫でる樹久……は、鼻の下が伸びきっている。


「デュフフ……優ちゃんは俺のお嫁さんになるんだもんねー?」
「ううん」


 優は、真顔で首を左右に振った。ふりふりと。
 ああ、そんな細かい仕草まで愛おしい。


「てれびで、きょーはうそをつくひですっていってたから!」


 今日……は、4月1日。エイプリルフールだ。
 つまり、


「……そうか、嘘か」
「うん!」
「ははっ、まったく……優はお茶目さんだなー」


 両手で優の頬を包み、お互いの額をこすり合わせて笑う。
 すると優は俺に抱きつき、


「ゆうが、いちばんおよめさんになりたいのは、ぱぱだもん!」


 なんて可愛いことを言う。
 天使だ……ここに天使がいるぞ。


「よしよし。優、ハンバーグでも食べに行くか」
「いくー!」


 そして、安らかに眠る樹久を置き去りにしたまま、俺達はファミレスへ向かうのだった。


「だった。じゃねーよ俺のことは無視!? 涙だって出ちゃう! 男の子だもん!」