ある日の夕方。キッチンで晩飯を作っていると、今まで静かだったリビングから優の可愛い声と樹久の発する雑音が聞こえてきた。

 コンロの火を切り、エプロンを外しながらリビングへ行くと、


「……優はともかく、何してんだお前」


 そこにいたのは、器面ヤイバーが変身する時みたいな……こう……両手を斜め上に構え、足を肩幅に開いたポーズをとる優と樹久。

 二人揃って全く同じ格好をしている様は、たいへん不気味だ。いや、もちろん優は芸術点100でめちゃくちゃ可愛いが、いい歳した樹久に関しては不気味だ。くたばれ。つーか家族団欒の時間に何でいるんだよ帰れ。


「いや、真也……正直、自分でも何してんのかわからない」
「とりあえずお前がどうしようもないバカだというのはよくわかった」


 ポーズをとったまま微動だにしない二人。
 少しの間を置いて「わからないんだな、これが!」と言いながら腕のポーズを左右反転させた樹久の頭を叩くと、とつぜん優が叫ぶ。


「ちあも!」
「……チアモ?」


 なんだ?新しい呪文か?と笑いながら優に問いかけると、樹久が横から口を挟んできた。


「ほら、アレじゃね? 抹消呪文的な」
「なるほど、そうか。チアモ。消え失せろ」
「相変わらず冷たいわね!! やんなっちゃう!!」


 このこのぉーとか気持ちの悪い事を語尾に星マークが付きそうなテンポで言い、俺の頬をつついた樹久の人差し指を掴んで逆方向に捻る。
 そのまま、喚く樹久の胸ぐらを掴み背負い投げを喰らわせ、改めて優に向き直った。


「ちあも!」
「優、」
「ちあも!」
「なあ、」
「ちあも!」
「ちょ、」
「ちあも!」
(最強スキル『スルー』を極めすぎた娘と会話が続かなくなったせいでお父さんの心が砕けそうな件について……)


 チアモとやらに取り憑かれたのだろうか。だとしたらどうすればいい?チアモしか言わねーぞこの子。


「なあ、優」
「ちあも!」


 そうか……ついに反抗期か……いつかくるとわかっていた、わかっていたさ。でもな?こんな突然……しかも、何を話しかけても「チアモ」としか言わないなんてパターンは想定してない。


「ハハッ。こういう時はな? 泣けばいいと思うぜ、真也……ム゛ッ!」


 背後に立って俺の肩にポンと片手を置き、愉快そうに言い放つ樹久に裏拳を喰らわせる。
 泣きたい。チアモなんざに優を取られるとは……クソッ……つーか、イタリア語の『ティアモ』ならまだわかるが『チアモ』って何だ?


「ちあも!」


 あのな、優さん。この世で一番可愛いよ、うん。器面ヤイバーの変身ポーズを真剣な顔でする優さんは『可愛い』なんて言葉じゃ足りないくらいめちゃくちゃ可愛い。優しか勝たん。
 写真撮っとくか……ロック画面に設定して、と……よし、完璧だ。
 話を戻すがな?少しくらいはお父さんと普通に会話してくれてもいいと思わないかい?優さんよ。


「ちーあもっ!」


 そうかー思わないかー。


「……なあ、優さん。そろそろパパと」
「ぱぱー!」
「何だね、チアモ優さん」


 器面ヤイバーの変身ポーズをやめ、俺の腰に抱きつく優。はー可愛すぎる。絶対に嫁にはやらねーぞ。

 それを見た樹久は鼻血を拭きながら起き上がって優の横で屈み「どうしたー?」と声をかけた。
 優は口元を手で隠し、ひそひそ話でもするかのように樹久の耳元で何かを囁き、樹久は数回相づちを打つと立ち上がる。


「何だって?」
「あのね、らぶきゅあにね、へんしんできないの……だ、そうです! 隊長!」
「そうか、わかった。ご苦労だったな、気持ち悪い奴隷よ。俺の許可無く優とひそひそ話をした罪でくたばればいいと思うぞ」
「え? 奴隷!? 俺、奴隷なの!?」


 奴隷は無視して、頬を膨らませたまま拗ねる優を抱き上げ優しく諭した。


「優。ラブキュアにはな、大きくなったら変身できるぞ」


 あと、それは器面ヤイバーの変身ポーズだ……なんて言えるわけねぇだろバカ!


「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「うん、わかった!」


 笑顔に戻った優を床に降ろすと、いつにも増して気持ち悪い表情を浮かべた樹久が優を手招きで呼び寄せる。


「優ちゃん、大人になったらお兄さんのお嫁さんにもなってくれよー」
「……? およめさん?」
「残念だったなオッサン。優が大人になる頃には、お前は素敵なクソジジイになってるだろうよ」


 背後から樹久の首に腕を回して締め上げると、ロリコンは「ギブ、ギブ! あっ! ギブ=マーソン!」だとかわけのわからない言葉を残して天国へ旅立っ


「勝手に殺さないで!? お兄さんはまだ生きてるから!!」
「……チッ」
「あ! 真也お前、いま舌打ちしただろゴルァ!」
「ちっ!」
「優ちゃんまで!?」