「桃花? 入るわよ」

 お母さんの声が聞こえて、古いふすまがすうっと開く。

 わたしの部屋は和室だ。
 家も古民家っていったらカッコいいけど、ただのボロ屋敷。

 わたしは千彰先輩のお店みたいな、絵本に出てくるような、かわいいおうちに住みたかった。

「めずらしいわね。桃花がおじいちゃんとケンカするなんて」

 布団のなかにもぐりこんでいるわたしに、お母さんがくすっと笑いながら言う。

「お腹すいたでしょう? おせんべいでも食べてなさい」

 ちらっと布団の陰からのぞくと、お母さんが菓子皿にのせたおせんべいを、わたしの前に置いた。

 おしょうゆのかおりが、部屋のなかにふわっと漂う。
 ちいさいころからずっと変わらない、おじいちゃんのおせんべいの匂いだ。

 あんなに大好きだったおじいちゃんとおせんべいのこと、いつからこんなに、うっとうしく感じるようになっちゃったんだろう。

「おせんべいなんかいらない。見たくもない」
「そんなこと言わないの」

 お母さんはまた、くすっと微笑む。

「おじいちゃんは桃花がかわいいから、心配でしかたないのよ」

 うそだ。わたしのことがかわいいなら、わたしの好きなものを食べさせてくれたっていいじゃない。
 わたしはおせんべいじゃなく、ケーキが食べたいんだ。

「ちゃんと仲直りしなさいね?」

 お母さんはやさしくそう言うと、部屋を出ていった。

 だけどわたしは、その日の夜も、次の日の土曜日も、おじいちゃんと口をきかなかった。